2019/08/07
拡大するサイバー攻撃の標的

ICOは本件に関連して、「GDPRでは、企業・組織は保有する個人情報について責任を負わなければならないことが明確に規定されており、これには、企業買収を行う際には適切なデュー・ディリジェンスを行い、買収対象企業がどのような個人情報を保有しているかに加えて、どのようにそれらの情報が保護されているかを適切に確認・評価することも含まれている」と表明しています。企業買収に伴うサイバーリスクについては、次回の掲載で焦点を置いて考察していきます。
事故発生前に対応すべきこと
さて、マリオットのような情報漏えい事故に備えて、企業が損害防止・軽減のために取り組むべきことは何でしょうか。まずは事故発生前に対応すべきこととして、一般的に考えられるハード・ソフト両面のセキュリティー強化に加えて、最近では以下のような事項の重要性が示されています。
(ア)情報セキュリティーに関する社内規定の策定と周知徹底(従業員教育)および定期的な見直し
(イ)情報漏えい事故発生時の対応計画の策定
(ウ)机上(テーブルトップ)演習による事故発生時の模擬訓練
(エ)企業買収前のサイバーセキュリティーおよび情報保護に関するデュー・ディリジェンスの実施
(オ)機密情報の保管や加工に使用しているシステム(特にウェブサイト上で支払い処理を行うページなど)の定期的なアセスメントおよびセキュリティーテストの実施(システム開発ベンダーとは違う業者を使うことも重要)
(カ)機密情報の保管や加工に使用しているシステムやアプリケーションの、開発段階での脆弱性テスト
(キ)“Threat Hunting”や“Compromise Assessment”といった、侵入形跡の確認テスト
(ク)IR(インシデントレスポンス)リテイナー契約の確保
(ケ)サイバー保険によるリスク転嫁
いくつかについて、少し詳しくご紹介していきましょう。
まずは「(ア)情報セキュリティーに関する社内規定の策定と周知徹底(従業員教育)および定期的な見直し」についてです。“Ponemon Cost of Data Breach Study”は、Ponemon Instituteが毎年発行している情報漏えい被害を受けた企業・組織からのアンケート回答をまとめた報告書です。その2018年版によると、情報漏えいの原因は、約48%が悪意ある(あるいは犯罪者による)攻撃、約27%が人的ミス、残り約25%がシステム障害となっています。この結果からも、ハッカーによる外部からの攻撃に対する防御を高めるだけでは、サイバーセキュリティー対策としては十分ではないことが分かります。マリオットの事例は外部からの攻撃が原因と見られていますが、従業員あるいはシステムベンダーなどによる過失やミスが原因となるケースも多く、情報セキュリティーに関する従業員教育の徹底・強化は不可欠といえます。
次に「(ク)IR(インシデントレスポンス)リテイナー(固定報酬型)契約の確保」ですが、事故発生直後のあらゆる対応を急ぐ状況の中で即座に適切なベンダーを探し、料金や条件について交渉して業務委託契約を締結する、といったプロセスを踏むのは困難です。このような事態を避けるべく、事前にIR(インシデントレスポンス)対応の専門業者とリテイナー契約を結んでおくことが重要です。
事故発生後の対応
さらに、万が一事故が発生してしまった後に、損害の拡大防止や再発防止のためにできることとしては、以下が考えられるのではないでしょうか。
(コ) 対応計画に沿った迅速な対応
(サ) フォレンジックス調査(※)やPR対応の専門業者への依頼
※フォレンジックス調査=不正侵入やセキュリティー侵害の証拠を明らかにするために,原因究明に必要な情報を収集する調査
(シ) 当局に対する迅速な通知
(ス) ステークホルダーに対する適切な情報開示
(セ) 再発防止策の構築、社内規定や対応計画の見直し、従業員教育
「(ス)ステークホルダーに対する情報開示」についてですが、2017年にWannaCryの被害を受けたReckitt Benckiserは、被害の状況や対応策の概要、復旧見込みや想定される損害額について、ステークホルダーに対する発表が迅速かつ適確だったとのことで、アナリストらから高い評価を得ています。この事例以降、サイバーセキュリティー事故の被害を受けてしまったグローバル大企業の多くが、その被害状況について自ら早い時点で公表するという傾向が強くなりました。
最後に、第1回でも触れたように、今年9月のラグビーワールドカップ、10月の天皇陛下の即位礼、来年の東京オリンピック・パラリンピックといった大きなイベントを控える日本は、世界中のハッカーから注目されています。これらのイベントに直接的に関係のある企業・団体のみならず、多くのインバウンド旅行客が利用するホテルも、影響を受ける人の数という点で、ハッカーにとっては魅力的な標的であるという事実があります。ホスピタリティ業においては、ユーティリティーや交通・運輸系インフラと並び、サイバーセキュリティーのさらなる強化が求められています。
(了)
エーオンジャパン株式会社
スペシャリティ部 賠償責任スペシャリスト
鈴木由佳
拡大するサイバー攻撃の標的の他の記事
- 経営の屋台骨を揺るがす大規模損害に備えよ
- 巨額損害を被った実例から学ぶ教訓
- 約3億3900万人分の情報漏洩から学ぶ
- グローバル大企業における最近の巨額な損害事例
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方