2013/12/13
防災・危機管理ニュース
多機関連携で課題解決を目指す
文京区はこのほど、東京都社会福祉協議会らとの共催で、都内の特別養護老人ホームで災害時を想定した入所高齢者の搬送訓練を実施した。
高齢者福祉施設の多くは、災害時に被害を受けた際、入所する高齢者をどの機関がどこへ搬送するのかなどが明確になっていない。訓練は、こうした状況の中でも区の職員や消防、福祉施設の職員らが連携して対応できるように、対応能力を高めるとともに、社会福祉施設の抱える課題への理解を求めることを目的に実施。元東京都総合防災部情報総括担当で危機管理勉強会齋藤塾を主宰する齋藤實氏が企画した。

会場となったのは搬送元の特別養護老人ホーム「文京千駄木の郷」(文京区)と、搬送先となる同区内の施設。「文京千駄木の郷」厨房において火災が発生し、入所者を他の施設へ搬送しなくてはいけない状況を想定し、福祉施設の職員や区の職員、消防団らが連携して搬送を終えるまでの一連の動きを確認した。
訓練は、福祉施設の職員が施設に問題がないことを確認した後、職員だけで対策本部を設置するところからスタート。入所者の被災状況を取りまとめるとともに、消防など関係機関へ連絡し、入所者の家族や職員の家族の安否確認を実施した。
次いで、入所者のトリアージ(対応の優先順位付け)を行い、役割を分担して入所者を出入り口まで移送。この間、文京区が設置する高齢者の介護予防や相談などの総合支援施設「高齢者あんしん相談センター駒込」に連絡し、入所者の搬送先の確保にあたった。高齢者安心相談センターでは、施設からの連絡を受け、区内の特別養護老人ホームや、デイケアセンターなどを運営する事業者などと連絡を取り、受け入れの可否を判断するなど、調整を行った。
入居者のトリアージはより優先的な搬送が必要な順で、レベル1(認知症などで、常時介護の必要な入所者)、レベル2(車いすの高齢者で区外の施設でも可能な入所者)、レベル3(比較的元気で、移送を待つことのできる入所者)に分けられた。
その後、区役所員や消防団員らも実際に現場に駆けつけ、福祉施設の職員を交えた対策会議を実施。誰をどの施設に搬送するのか、搬送車両が調達できるか、などを決定していった。搬送を手伝う救急車両や、高齢者福祉施設からの応援の車両で周辺道路の混乱が予想されるため、警察が交通整理を担当するという場面も実演した。
このほか、エレベータを使わずに、2階以上の入所者を安全に降ろしたり、実際に高齢者がどれだけ負担と感じているかを体験する試みも行った。参加者は、マスクで目を覆ったり足に重りをつけ、サポートを受けながら出入り口まで到着すると、「ひとつの動作ごとに、何度も声をかけてもらうことで安心できた」などと感想を話した。また、施設職員も「転倒予防としてはもちろん、環境が変わることを不安がる高齢者の方は多いので、声掛けをしつこいくらい心がけている」と話した。

訓練中、「災害時には情報が限りなく入ってくるため、本部のホワイトボードにまとめきれない」という施設職員の意見に消防隊員が、あらかじめ必要な情報を書き込む用紙を用意しておき、それをホワイトボードに張り付けていくことで混乱せず新しい情報を一覧できる方法などアドバイスをしていた。
搬送先の施設では、文京千駄木の郷の入所者の受け入れ・引き継ぎのための訓練を実施。付き添いの職員は、「耳の遠い方なので何事も大きな声でお願いします」などと入所者の情報を引き継ぎ先の職員に伝えたり、入所者自身でできること、できないことをリストとしてまとめ共有した。
文京の郷施設長の加藤昌央氏は、「ある程度会議の内容・進行などは決めていた中での今回の訓練だったが、私が立場上、状況を把握しつつ最終的な関係機関との連絡や調整をしていかなければならないとなると、実際の災害時にはおそらく今日ほどスムーズにはいかないだろうと感じた。今回参加者から得た意見を課題として踏まえ、必ず実行しなければならない大事な部分をどうすれば確実に実行できるか、再確認できる大変有意義な機会になった」と語った
訓練を企画・運営した齋藤氏は、「高齢者の搬送には、受入先の施設で介護保険が適用されるかなど、課題は山積している。訓練の参加者の方はみな一生懸命シナリオと対策を考えて訓練に臨んでくださるが、それでもどうしても抜けが出てしまう。一番のポイントは、やはりひとつひとつ復唱して確認をすること。例えばホワイトボードに書くにしても、『報告します、消防署に搬送車両の応援を何時何分にお願いしました』『何々という連絡了解しました』と、報告と確認を徹底しながら、すべての行動を対策本部に集めるということを心がけて欲しい。そのためのホワイトボードであり、これからまた別の訓練を行う際にも、どうやって情報共有するのかということを意識して」と、災害時の高齢者搬送の課題が解決に向かうことに期待を込めた。
齋藤氏が臨時委員も務める東京都社会福祉協議会では今後、今回の訓練も含めた結果を踏まえて、「高齢者福祉施設における相互支援に関するガイドライン(仮称)」を2014年2月を目途に取りまとめるとともに、「高齢者の災害関連死ゼロに向けた取り組み」を推進したいとしている。
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方