2013/05/02
防災・危機管理ニュース
リスクマネジメント最前線より
新型インフルエンザの国内発生に備えて
2013年3月31日に中国衛生当局が上海市及び安徽省における鳥インフルエンザA(H7N9)の人への感染を公表して以来、同国における鳥インフルエンザA(H7N9)の感染者数は増加の一途をたどっている。4月18日現在、鳥インフルエンザA(H7N9)が「人から人」に感染が続いているという根拠は確認されていないものの、近い将来、「人から人」への本格的な感染や、日本国内での感染が確認される可能性は否定できないとの見方などから、日本政府は2013年5月に公布を予定していた「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の施行を4月13日に繰り上げた。そこで本稿では、現在までの鳥インフルエンザA(H7N9)の人への感染状況や、新型インフルエンザ等対策特別措置法について取り上げると共に、新型インフルエンザの国内発生に備えて企業が実施すべきことについて解説する。
1.鳥インフルエンザA(H7N9)の発生状況
(1)中国における鳥インフルエンザA(H7N9)の人への感染状況
鳥インフルエンザA(H7N9)は従来、人への感染はないとされてきたが、2013年3月31日に中国当局が、上海市の男性2人と安徽省の女性1人の感染確認を発表して以降、4月18日までに89人の感染が確認され、そのうち17人の死亡が明らかとなっている。またその感染地域については当初、上海市内、安徽省、江蘇省、浙江省といった限定的な地域であったが、4月11日には北京でも感染が確認されるなど、他地域にも感染が拡大している。なお、中国以外の国や地域では、4月18日現在までに鳥インフルエンザA(H7N9)の人への感染は確認されていない。
感染者の多くは家禽類との接触が確認されており、感染者は家禽類から感染したとされるが、同居する家族の感染や同一の病院内の複数の感染が報告されるなど、「人から人」への感染を疑わせる事例も見られている。ただし、今のところWHO(世界保健機関)は、「人から人」への感染が続いていると「いう証拠は確認されていない」としている。
(2)現在までに分かっている鳥インフルエンザA(H7N9)の特徴
WHOはこれまでの遺伝子配列の分析から、鳥インフルエンザA(H7N9)は、感染しても比較的症状の軽い低病原性(※1)であると発表している。実際に、鳥インフルエンザA(H7N9)に感染していても症状がみられない無症状者も確認されているが、確認された感染者の多くは咳や高熱の症状を示しており、肺炎等により死者も生じている。
治療薬については、国立感染症研究所が12日、現在使われているタミフル・リレンザ・イナビル・ラピアクタの4種の抗インフルエンザ薬が、鳥インフルエンザA(H7N9)の治療に有効である可能性が高いと発表している。WHOも同様に、鳥インフルエンザA(H7N9)がタミフルやリレンザに感受性(※2)があることが確認されたとしている。
※1 低病原性のウイルスは、感染時に呼吸器や腸管にしか取り付かず、感染した鳥はほとんど症状が出ない。一方、高病原性のウイルスは、全身の細胞に取り付き、感染した鳥は死に至る。
※2 当該薬物により、死滅する、または感染力を失うなど影響を受けること。
2.新型インフルエンザについて
(1)新型インフルエンザとは
インフルエンザとは、インフルエンザウイルスの感染によっておこる疾患で、人が感染すると通常2~5日の潜伏期間の後、38度を越える発熱や、咳・くしゃみ等の呼吸器症状、頭痛、関節痛、全身の倦怠感などが見られる。日本では年間約1千万人が感染し、その内約1万人が死亡しているとされる。
毎年人の間で流行する、インフルエンザA(H3N2)などは季節性インフルエンザと呼ばれ、多くの人が基礎免疫を持っており、また流行の予測が可能であることから、事前のワクチン接種による予防も有効である。
一方、新型インフルエンザとは、従来動物の間で流行していたインフルエンザウイルスが人に感染し、「人から人」へ容易に感染出来るよう変化したものをいう。そのため、人は免疫を持っておらず、ワクチンの製造にも一定の期間を要するため、容易に感染が拡大する恐れがあるとされる。
(2)過去に発生した新型インフルエンザ
2009年に発生した豚由来のインフルエンザA(H1N1)など、新型インフルエンザは過去にも度々発生し流行している(表1参照)。いずれのインフルエンザも約2年に亘って流行し、そのうち感染のピークが2~3回発生している。
(3)新型インフルエンザ等対策特別措置法の概要
日本は、2009年のインフルエンザA(H1N1)流行時の経験を踏まえ、2011年9月20日に「新型インフルエンザ対策行動計画」を改訂している。さらに、2013年4月13日には、同計画の実効性を確保し各対策の法的根拠を明確とすることを目的とし、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を施行した。
同法では、新型インフルエンザの発生に備え、国や地方公共団体の行動計画策定や、指定(地方)公共機関(※3)の業務計画の作成など、事前の体制整備を定めている。合わせて、新型インフルエンザ発生時に医療機関従事者など、登録事業者(※4)の従業員等が優先的に予防接種を受けることが定められている。また、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある新型インフルエンザ等が国内で発生し、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼす可能性がある場合には、政府が「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を行い、国や都道府県により各種対策の実施が検討される(詳しくは3.(4)c.参照)。
※3 指定公共機関とは、独立行政法人等の公共的機関及び医療、医薬品又は医療機器の製造又は販売、電気等の供給、輸送その他の公益的事業を営む法人で、政令で定めるもの。また指定地方公共機関とは、都道府県の区域において医療、医薬品又は医療機器の製造又は販売、電気等の供給、輸送その他の公益的事業を営む法人、地方道路会社等の公共的施設を管理する法人及び地方独立行政法人のうち、指定公共機関以外のもので、あらかじめ当該法人の意見を聴いて都道府県知事が指定するもの。
※4 医療提供業務又は国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者であって、厚生労働大臣の定めるところにより厚生労働大臣の登録を受けているもの。
3.企業における新型インフルエンザ対策
(1)新型インフルエンザの発生段階
「新型インフルエンザ対策行動計画」では、新型インフルエンザの発生段階を5つに区分し、対策を定めている。発生段階は、WHOが発表する警戒フェーズや、国内外の発生状況に応じて、政府が決定する。なお、前述の「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」は、「第二段階(国内発生早期)」において、新型インフルエンザの毒性や感染力等も考慮のうえ決定される。
現在、鳥インフルエンザA(H7N9)については、「人から人」への感染を示す証拠は確認されていないため、「前段階(未発生期)」とされる。しかしながら、同居する家族で複数の感染者が生じている事例があることなどから、「人から人」への感染が明確に示され「第一段階(海外発生期)」となる可能性も十分に考えられる。また、人の移動が激しい今日のグローバル社会においては、各種対策が行われたとしても、国を越えた感染拡大を完全に防ぐのは難しく、日本でも感染が確認され、「第二段階(国内発生早期)」に段階が引き上げられる事態も想定しなければならない。そこで以下では、新型インフルエンザ感染拡大に備え現段階において企業が実施すべきこと、また「第一段階(海外発生期)」および「第二段階(国内発生早期)」において企業が実施すべきことをそれぞれまとめる。
(2)現段階において企業が実施すべきこと
a.発生国従業員等に対する指導インフルエンザ発生国に滞在する出張者・駐在員等に対しては、体調に異変がみられる場合は、速やかに信頼のできる医療機関で診察を受けるよう指導すると共に、日常生活上の注意事項として、以下の対策を徹底させる必要がある。
また、現地での流行に備え、以下の対策を講じるよう出張者・駐在員等に指導する必要がある。
(3)「第一段階(海外発生期)」において企業が実施すべきこと
a.発生国従業員等に対する指導
従業員等に対しては引き続き、体調に異変がみられる場合は、速やかに医療機関で診察を受けるよう指導すると共に、3.(2)a.に挙げた日常生活上の注意事項等を徹底させる必要がある。
b.発生国事業所における対策
現地国事業所においては、前述の日常生活上の注意事項等の従業員等に対する指導を徹底すると共に、以下の対策の実施が求められる。
また、事業所内で従業員等の感染が確認された場合、以下の対応が求められる。
c.本社における対応
本社においては、日本国内での発生に備え、以下の実施が求められる。
(4)「第二段階(国内発生早期)」において企業が実施すべきこと
a.従業員等に対する指導従業員等に対しては、体調に異変がみられる場合は、速やかに医療機関で診察を受けるよう指導すると共に、3.(2)a.に挙げた日常生活上の注意事項等を徹底させる必要がある。
b.事業所における対策各事業所においては、前述の日常生活上の注意事項等の従業員等に対する指導を徹底すると共に、3.(3)b.に挙げた対策の実施が求められる。
c.本社における対応
本社においては、各事業所における対策を指揮するとともに、以下の実施が求められる。
第二段階において、新型インフルエンザの国民生活への影響が甚大と予想される場合などには、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づき、政府から「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」が出される可能性がある。「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」が出された場合には、以下の対策等の実施が国や都道府県により検討、決定される。
各企業は、外出自粛が要請された場合には当該地域への出張を自粛する、自社商品が特定物資として売渡しの要請を受けた場合に応じる等、それぞれの対策に応じた対応が求められる。
4.最後に
今次中国で感染が拡大している鳥インフルエンザA(H7N9)については、今後「人から人」への感染根拠の確認や中国国外での感染確認等、さらなる広がりを見せる可能性がある。企業においては、現地出張者・駐在員等、また現地事業所に対策の実施を求めるとともに、日本国内での感染確認に備え、早めに対策を講じていくことが肝要である。
〔2013年4月19日発行〕
【本レポートに関するお問い合わせ】
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
ビジネスリスク事業部 グローバルリスクグループ
Tel.03-5288-6556
転載元:東京海上日動リスクコンサルティング株式会社 リスクマネジメント最前線2013 No.19
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
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