2022/10/01
事例から学ぶ
2018 年7月、台風と梅雨前線の影響で西日本を中心に1府13 県で死者・行方不明者231人と、平成最悪の水害となった西日本豪雨。全国の河川で37カ所が決壊し、住宅被害は全壊6695 棟、床上浸水 8640 棟にのぼる。化成品メーカーのアイカ工業(愛知県名古屋市、海老原健治代表取締役社長執行役員)も、この災害で浸水被害を被った。同社の事業継続強化の取り組みを紹介する。
アイカ工業
愛知県
※本記事は月刊BCPリーダーズvol.31(2022年10月号)に掲載したものです。※記事中写真提供:アイカ工業
❶想定外の浸水受けるも地震BCPが一定の効果
・ 西日本豪雨で広島工場が想定外の浸水。が、地震BCPで規定した体制と培った訓練が奏功し、迅速な応援とスムーズな代替生産で早期復旧と事業継続を実現。
❷非常用発電機と生産品目の優先順位付けが役立つ
・特に、地震に備え非常用発電機を複数の工場にそろえていたこと、各工場で生産する製品の優先順位を決めていたことが、水害時においても大きく役立った。
❸浸水リスク高い工場に水害想定BCPを追加
・浸水リスクの高い工場を特定し水害BCPを追加。防水壁を設置するとともに、初動体制の明確化と訓練でオペレーションを強化。
想定外だった西日本豪雨での浸水
2018 年の西日本豪雨で、広島県三原市にあるアイカ工業広島工場の裏を流れる梨和川が降り続く雨のため7月6日夜に決壊した。当時、同工場では接着剤の製造に従事する社員 4人と守衛1人の計5人が勤務中。同社サステナブル推進部長の若尾尚史氏は「夜間作業中の工場内に急に水が流入したため、建物の 2 階に避難した。幸いにも人的被害はなかったものの、工場の被害は少なくなかった」と振り返る。
アイカ工業は接着剤の開発で培った技術力をベースに、化成品や建装材の製造販売事業を展開。建物の内装に用いられるメラミン化粧板は機能性と短納期、デザインの多様性が支持され、国内シェアの約7割を占める。
接着剤を製造する広島工場のシフトは、当時、昼夜合わせて約30 人。「浸水害は想定していなかった」と若尾氏は話す。
三原市は西日本豪雨で特に被害の大きかった地域の1つ。同市を貫く沼田川が11カ所で越水。沼田川に注ぐ支流も、梨和川も含め9カ所で決壊が発生した。アイカ工業のある三原市本郷地区は広範囲が浸水した。
備の早期復旧と事業継続
夜間も稼働していた広島工場では、浸水後、携帯電話やメールで現地から被害情報を報告。しかし中国電力の変電所が水没し、大規模な停電が発生すると携帯電話がつながりにくくなり、断片的な情報しか本社へは届かなくなった。
夜が明けると被害が明らかになり、工場は最大で約1.5m 浸水し、1階にある事務所も含めて大量の泥が流入、多くの設備がダメージを受けていた。泥のかき出し作業を開始し、反応釜や充填設備、製造ライン、電源関係設備や製造済み商品の状況把握に努めた。概算で7割ほどの設備が被害を受けたという。
安否確認はメッセージツールを用いて工場長が情報を集約。従業員の家族も含め、人的被害はなかった。安否確認システムは導入していたが、特定の震度で一斉連絡が行く地震設定のみとしていたため、水害に活用できなかった。
災害対策本部を、同じ事業部の中核工場である愛知県あま市の甚目寺(じもくじ)工場に設置した。これにより、被害情報の収集と派遣する応援部隊の人選に着手。長引く停電対策として災害対策用に導入していた発電機を名古屋工場からトラックで輸送し、復旧作業に活用した。
現地従業員と応援部隊が泥の撤去作業などを行うなか、いち早く最初のリリースを出したのは3日後の7月9日。代替生産で対応するが納期が遅延する可能性があることなどを発表。続いて7月19 日に電力復旧による一部製品の製造再開を公表した。

タンクやボイラー、冷却装置など大型設備の入れ替えが完了し、稼働を全面的に再開したのが9月3日。被災から約2カ月後のことだった。
周辺に立地する他の工場は、全面的な稼働再開までに数カ月、なかには2年以上というところもある。同社が早期復旧できた理由を、若尾氏は「1つは復旧の決断が早かった。2つは応援社員が現地に張りついて復旧作業に取り組んだ。3つは設備を入れ替える際に早期納入の協力が得られた。 4つは入れ替えた設備が比較的シンプルで、初期設定に時間を必要としなかった。5つは他の工場で代替生産ができ、復旧に専念できた」と説明する。
このうち応援社員は甚目寺工場からだけでなく、施設部のある名古屋工場からも派遣。もしこれがいまだったら、新型コロナウイルスや半導体不足などの影響があり、協力会社などからの応援も限られる。再開までの期間は「だいぶ延びただろう」と若尾氏は話す。

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