実際に大地震が発生した場合における医療機関の役割はどのようになるのかだろうか──。

大地震が発生した場合、まず必要になるのが消火活動やケガ人の救出など初動対応だ。町会や自治体の防災市民組織が主体となり、負傷者の応急手当を行うとともに、担架などで区市町村が開設する医療救護所に運ぶ。

各救護所には、区市町村や都道府県の医療救護班が派遣され、医療救護活動にあたる。一方で、病院での治療が必要とされる重傷者については、区市町村が指定する救急告示医療機関や都道府県が指定する災害拠点病院に搬送して治療を行うことになる。

ただし、医療救護所が設置される場所や救急告知医療機関が地域住民に正しく把握されているとは限らない。地域によっては、身近な診療所や中小の医療機関に負傷者が押しかけることも実際には考えられる。

東京都保健医療計画では「大規模震災発生時には、災害拠点病院のほか、救急告示医療機関およびその他の病院で被災を免れたすべての医療機関が後方医療施設として患者の受け入れ、治療などを行うことになる」と書かれている。

も ちろん、こうした医療施設でも、被災者を受け入れる前提として、ハイリスクを抱えている入院患者や外来の患者も含めた安全確保が最重要となる。そのために は、建物の安全性はもとより、仮に水や電気、ガスが止まっても医療業務が継続できる体制を平時から整えておかなくてはならない。

厚生労働省によると、全国の病院の耐震化率は56.2%(09年調査)。このうち、災害拠点病院及び救命救急センターの耐震化率は62.4%にとどまる。

08 年12月から09年1月にかけて(独)防災科学技術研究所・兵庫耐震工学研究センター(E−ディフェンス)で行われた医療施設の振動台実験では、鉄筋コン クリート4階建てで耐震を満たした構造の病院施設でも古い屋上水槽の蓋が破損したり、機器が転倒、大きく移動するなどの被害が出た。

東京都 福祉保健局医療政策部の畠山晋副参事は「病院が被災して医療が行えないような場合には、患者を違う場所に搬送しなくてはいけない。その際に必要となるのは マンパワー。大規模な災害では病院職員だけで対応することはできないため、付近の町会と被災時には相互に応援し合える協定を結んでおくことが何よりも大切」と話す。

負傷者の搬送には、傷病者の緊急度や重傷度に応じて治療の優先順位を決めるトリアージのノウハウも必要になる。迅速・円滑な医療救護活動を行うためには平時から町会なども加えた訓練を行うことが不可欠だ。

都の災害医療体制

東京都の災害医療体制は、災害対策本部が中心となり、各局の調整のもと、被害の拡大と早期沈静化にあたる。その活動は大きく①情報収集、②医療チームの派遣や後方医療体制の確保による災害対応能力の向上、③広域連携に分けられる。

■情報収集
情報収集では、「医療機関の被害状況」をいかに早く正確に把握するかがポイントになる。全国的には厚生労働省が、EMIS(広域災害救急医療情報システム)により、災害時に被災した医療機関の状況などを、都道府県を越えて被災地と被災外で共有できるようにしている。

東 京都では、このEMISと、日常的な救急医療に使われている東京消防庁の災害救急情報システムを1つの端末装置に統合した上で、すべての告知医療機関に配 備している。各病院では、タッチパネルの操作1つで通常の救急医療に関する情報と、災害時の情報を切り替えられる仕組み。ただ、各病院が、それぞれどの程 度の被害が出たのかを迅速に把握できなければ、せっかくのシステムも有効性を十分に発揮することはできない。入院患者、職員、施設・設備などの安全確認の 体制が重要だ。

このほか災害拠点病院には防災行政無線による電話やFAXが整備されており、リアルタイムで被害の状況や周囲の状況を文字と音声で収集できる。区市町村が把握した管轄区域内の医療関係情報についても、防災行政無線で災害対策本部へ連絡できるようになっている。

■災害対応能力の向上
都 では、医療機関などの被災情報に従って、必要な医療救護班や東京DMAT(災害医療派遣チーム)を派遣する。東京都直轄の医療救護班は現在、都立病院、都 医師会、日赤東京都支部、災害拠点病院を合わせ計203班が登録されている。医療救護班は各区市町村の要請および後方医療機関からの応援要請にもとづき派 遣されることになる。

東京DMATは、2004年に発足した。災害発生直後からおおむね48間以内に、被災現場での急性期の救急医療を行え るよう専門の研修を受けた医療チームだ。現在、都内19病院がDMATに指定されており、「3年先までには、救命救急センターのあるすべての医療機関に指 定医療機関になってもらいたいと考えている」(畠山副参事)とする。

後方医療体制については70病院を災害拠点病院として指定している。災 害拠点病院の条件は、原則として200床以上の病床を持つ救急告知医療機関で建物が耐震耐火構造であること、重傷者を応急的に収容するための講堂や会議室 の転用面積が広いことなど。また、24時間いつでも災害に対して緊急対応でき、被災地域内の傷病者の受け入れ、搬出が可能なことが求められる。

■広域連携
よ り大規模な災害への備えとしては、周辺の県市などとの医療救護応援協定の締結、定期的な訓練などによる広域連携体制を強化している。23区内の災害拠点病 院で手がまわらない状況になれば多摩地区での高度医療を行える救急救命センターへ搬送する。それでも対応できなければ他県への搬送となる。

平 成18年5月に都が発表した首都直下地震による被害想定では、東京湾北部地震が起きた場合の人的被害について、死者6413人、負傷者16万860人、う ち重傷者が2万450人と想定している。この数を少しでも軽減するためには、災害拠点病院に限らず、すべての医療機関が、災害時の対応能力を高めていく必 要がある。