2010/11/25
誌面情報 vol1-vol22
北京オリンピック、上海万博と世界的なイベントの開催に加え、GDP世界2位の経済大国へと成長し、ますます注目を集める中国。
その半面、多発する巨大災害による被害は中国の光と影を浮き彫りにする。
メンツを重んじる中国で、防災が変わろうとしている。
民間意識は高まるか!?
防災は国のメンツ
ここ数年、中国で多発している巨大災害。中国政府は国の威信にかけ防災の強化へと動き出している。しかし、市民レベルでの防災意識はまだ低い。今、中国が注目しているのが欧米や日本の技術力だ。
■増える災害
2008年5月12日に発生した四川大震災は、死者と行方不明者を併せた犠牲者の数が8万7000人を超え、中国の災害史上に新たなつめ跡を残した。その傷も癒え切らない2010年4月、今度は隣接する青海省玉樹チベット族自治区で地震が発生し2000人以上の命を奪った。
もともと中国では、1303年に山西省洪洞地震(犠牲者20数万人)、1556年には世界の地震災害史上、最悪の被害を出したといわれる陜西省の華県地震(同83万人)、1920年には甘粛省海原地震(同23万人)、1976年には河北省唐山地震(同24万人)と、特に内陸部では大規模な地震が発生している。日本地震学会副会長の石川有三氏は「四川大地震が発生したインドプレートとユーラシアプレートの境界地帯は1997年から活動期に入ったと考えられる」としており、04年以降、何度か大きな地震が発生しているスマトラや05年のパキスタン地震なども同じプレート境界によるものだとの見方を示している。石川氏によれば、一帯の活動期は過去の歴史からみると20年以上も続くもので、あと10年程度は注意が必要だという。
■動き出した政府
四川大地震を機に、中国政府は国をあげて防災の強化に乗り出した。2008年7月には耐震設計を見直し、学校建築や病院などの多くが集まる建築物の耐震グレードを引き上げ、さらに四川大地震があった5月12日を「防災減災デー」と定め市民に防災意識の向上を呼び掛けている。ちなみに、中国国内で四川大地震(ブン川地震)は歴史的事件で使われる発生日にちなんだ名称として「512地震」と呼ばれている。
中国国内で防災の専門誌「Life&Disaster:生命与災害」を発行する上海市民防局事務所の駱華仁氏は「四川大地震は国民が具体的な被害を知ることができた初めての災害。国は一人一人の命を大切にするようになった」と震災以降の国の姿勢を評価する。中国の防災は国務省が中心となり、国から省、省から県、県から市へと指導が行われる。このような中で、ボランティア制度の整備や防災教育の推進がここ数年、急速に進められているのだという。具体的にどのような教育が行われているのか?駱氏は数枚の写真を見せる(写真②、③)。小学生高学年ぐらいと思われる男の子が燃え上がる炎の上から濡れた毛布をかぶせる写真、座っている人をけが人に見立て救出する写真、他にも毒ガスのマスクをして走っている様子や、炎がついた枠の中を、タオルを口にあて走り抜けている様子など、日本でおなじみの「机の下に隠れ、その後整列をして校庭まで歩く」防災訓練に比べれば、ある意味、新鮮に感じられるものも多い。駱氏は「日本は防災教育も法律も技術も先進的だが、中国が今できることは命を守る教育」と話す。上海市では昨年から、ボランティア活動に取り組む市民や、こうした防災訓練に参加した市民らに対し、
1防災手帳や防災用品セット(写真①)を提供しているという。上海市政府では、今年は25万世帯に防災用品セットを無料で配布することを目標にしているそうだ。
■高まらない民間意識
しかし、正直なところ、上海市内に限ったことなのかもしれないが、街並みや生活風景を見る限り、一般の市民レベルで防災意識が高まっているようには感じられない。高層ビルの影に隠れた古い街並み、竹を組み合わせただけの工事現場に設置された足場、人ごみをかきわけるように走る自動車やバイク、この国に「防災」や「リスクマネジメント」という言葉はそもそも似合わないのではないか、とも考えてしまう。
中国に進出しているある設計事務所の担当者は「建物を見ると日本の仕上がりとは明らかに違うことが分かる。柱が曲がっていたり、天井と壁が少し浮いている物件もある。
そもそも中国では建物をメンテナンスするという文化がまだ定着していない」と指摘する。日本のように建物を建て、10年、15年と運営をして収益を得るという考え方ではなく、「とりあえず建物を造って、あとは原価より高く売って儲ける」その場限りの商売が主流とする。
そもそも、中国での建築市場については外資系企業に開かれた環境とは言いにくく、そのことが監督行政の検査の甘さにつながっているとの指摘もある。中国国内で建設工事を受注するには、現地法人を立ち上げることが条件とされ、資本金や従業員数に応じて受注できる建設の規模(高さ)が決められている。
「ランドマークのような有名ビルについては検査が厳しいが、10階や20階建てのビルは建築基準を満たしているかあやしい」。(日本の設計事務所の担当者)
昨年6月、それを裏付けるような事故が起きた。上海で建設中の大型マンションが突然、根こそぎ倒壊し作業員1人が死亡したのだ。倒壊した建物は、北側の盛り土が高く、逆に南側では地下駐車場の掘削作業を進めていたため、地盤の不均衡さが原因とされているが、根本的な土台設計のミスを指摘する専門家もいる。
■さまざまなリスク
大型地震が連発したとはいえ、中国全土から見れば、日本のように地震災害が日常的な脅威として市民の目には映っていないのだろう。
中国で日本企業向けのコンサルタント業を営む瑛得管理諮詢(上海)有限公司(インターリスク上海)総経理の海司昌弘は、「中国で地震のリスクは必ずしも高いと受け止められていない。同じ自然災害でも洪水や台風などへの関心の方が高い」と説明する。中国に進出している日本企業でもBCP(事業継続計画)を策定する際に、地震を想定するケースよりは、火事や洪水被害を想定することの方が多いようだ。
科学出版社(北京)が発行している中国自然災害系統地図集を見ると、過去の地震災害を受けている地域は台湾や内陸部に集中しているのに対し、洪水被害はチベット地区など一部を除いて全土で発生していることが分かる。北部では雪害も多い。
もう1つ付け加えるなら、世界2位のGDPに成長したとはいえ、国民一人一人の生活レベルは、まだまだ先進国に比べれば低く、防災などと言っていられないのが本音ということだろう。
■安全安心ブランドへの評価
2008年に森ビルが上海に建設した中国で最も高い超高層タワー「上海環球金融中心」は、中国の安全・安心に対する考えを変えるきっかけになるかもしれない。
上海環球金融中心は、上海の母なる川、黄浦江(こうほうこう)の東側に、嘴(くちばし)のように突き出した土地の上に建つ。一帯は、中国初の金融貿易区として開発された浦東新区(ほとうしんく)の陸家嘴(りくかし)と呼ばれる。その名の通り、黄浦江に突き出した「嘴」という意味だ。この地区の開発は、アジアの国際金融中心地として世界にPRをする国のメンツをかけたもの
森ビル(上海)有限公司タウンマネジメント部部長の頼成貴彦氏は「日本の企業が中心となって中国で一番高いビルを建てることにはネガティブな反応があると思っていましたが、逆に完成してみると、上海にナンバーワンのビルができたということで市民のプライドになっています」と誇らしげに語る。
地上101階、地下3階、建物の高さは492mに達する。延べ床面積は38万1600㎡で、日本の六本木ヒルズとほぼ同じ。「六本木ヒルズを半分に切って、上に重ね合わせたようなもの」と頼成氏は説明する。
上海環球金融中心は、設計段階から、金融センターにふさわしい仕様とするために、BCP(事業継続計画)の観点を取り入れて建設された。電源の供給は35KVを3回線受電しており、仮に1回線が途絶しても残る2回線でバックアップが取れるようになっている。非常用発電機はまる1日分、設備がフル稼働できるだけの燃料を備蓄しているほか、入居テナントが自前の発電機を持てるスペースも確保している。
この他、堆積物が多い上海の地盤を考慮して、基礎部は約2200本の鋼管製支持杭が最大地下78mまで打ち込まれている。構造躯体は、外周部の柱、梁(はり)、ブレースから成る「外周メガストラクチャー」、中央の「コアウォール」、そして双方の構造体を連結する「アウトリガー」の3つを組み合わせ、強風や万が一の地震災害などに極めて高い安全性を確保しているという。
構造設計は、2001年の米国同時多発テロで被災した世界貿易センタービルを設計したレスリー・イー・ロバートソン・アソシエイツ。森ビルからの依頼により、何度も強度試験を繰り返し、仮に同じようなテロがあっても耐えられるだけの構造設計にしてもらっているという。さらに、強風による建物の揺れを少なくするため、90階には振り子の原理を取り入れた大型の震度装置を取り入れている。震度装置は、地震災害時にも威力を発揮するそうだ。上海環球金融中心は2008年に、世界高層ビル協会から「世界最優秀高層ビル」として表彰されている。
現在、入居率は70%。そのほとんどが外資系。「もともとは欧米系3分の1、日系3分の1、中国や台湾企業が3分の1を見込んでいたが、蓋を開けたところ欧米系の企業が面積、数ともに圧倒的に多かった」と頼成氏は明かす。「選ばれる基準はいろいろあると思うが、入居の際、受ける質問は、電源容量とかバックアップ発電機、セキュリティに関することが多い」(頼成氏)。安全・安心ブランドは、現段階では主に外資系企業からのみ受け入れられているということだ。ただし、森ビル本社は、上海での累積損失の解消に向け、一部フロアーを売却することを決め、すでに国内外の多くの投資家が関心を示してしていることが報じられている。上海環球金融中心の建設プロジェクトに携わった構造計画研究所(東京都中野区)の担当者は「メンテナンスされているビルは古くならない、価値が維持されるということが中国人にも分かってもらえるきっかけになったと思う」と話している。
■防災先進国に学ぶ
国の威信とメンツにかけ防災力を高める―。今、中国が注目しているのが日本や欧米企業の技術力だ。昨年から、北京や上海では防災に関する展示会が開催されるようになった。上海で昨年に続き2回目となる「上海国際減災及び安全博覧会」を開催した上海国際広告展覧有限公司総経理の潘建軍氏は「これまで国内で防災の展示会は聞いたことがなかった」と振り返る。
「日本の防災レベルの高さは中国でもよく知られている」(潘氏)。日本にとっては、中国が防災産業の新たな市場になる可能性もある。今年、浙江省杭州にて、中国災害防御協会と静岡県防災用品促進協議会との間で、有事の際に助け合う友好の調印式が行われた。静岡県防災用品促進協議会は、県内の防災メーカーらがつくる民間組織。東海地震の脅威が迫る静岡では、被災時に国内以外のルートからも食料支援や必要物資の調達を求めるニーズがあるのに対し、中国では度重なる巨大災害に備え、日本企業の技術的な支援がほしいというニーズがある。
静岡県防災用品促進協議会会長の曽布川尚民氏(大学産業社長)は「お互いに何ができるのか、必用になる物資や具体的な量、調達の手段を話し合いながら、交流を深めていきたい」と話している。
●敷地面積/30,000㎡●建築面積/14,400㎡●述床面積/381,600㎡●階数/地上101階、地下3階●建物高さ/492m●構造/鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)、鉄骨造(S造)●事業主/上海環球金融中心有限公司●設計・監修/森ビル株式会社一級建築士事務所●建築設計/コーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツP.C.(KPF)、株式会社入江三宅設計事務所●構造設計/レスリー・イー・ロバートソン・アソシエイツR.L.L.P(LERA)●顧問設計/上海現代建築設計(集団)有限公司、華東建築設計研究院有限公司●施工/中国建築工程総公司、上海健工(集団)総公司連合体●竣工/2008年
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