2013/01/25
誌面情報 vol35
TOTO株式会社
大手住宅設備機器メーカーのTOTOは、災害リスクだけでなく、品質リスク、風評リスクなど、企業に取り巻く様々なリスクを想定したシミュレーション訓練を継続的に実施している。東日本大震災では、こうした訓練で養った対応力を生かし、早期に安定供給を実現した。3.11後、同社では、これまでの訓練に加え、刻々と変化する現場の危機状況に応じて、災害発生時における柔軟な判断や実効力を養うための工夫を取り入れている。
リスク管理委員会が統括
TOTOは、全国に13支社と28カ所の生産拠点を持つ。グループ会社も含めると、社員の総数は約2万4000人に及ぶ。水回り全般の設備機器メーカーとして、安定した供給を実現する上で、品質リスク、風評リスク、調達に関わる為替リスクなど、日々の経営を阻害する様々なリスクを管理する必要がある。
同社では、これらの経営を阻害する重大なリスクに備えた「リスク管理委員会」を設置し、全社のリスク管理を統括している。リスク管理委員会は、副社長を委員長とし、管理職者を中心に執行役員や部門長で構成。全社のリスク活動方針やリスク区分別に活動計画を策定している。この活動方針や計画に基づき、各製造現場や部門で、未然防止策や再発防止策、訓練活動を通してリスク管理を行い、そこで改めて明らかになった課題の洗い出しをして、継続的な改善活動を実施している。
こうしたリスク体制を強化させるため、同社では、2005年度から全グループを対象に、災害リスク、品質リスク、風評被害など様々なリスクを想定したシミュレーション訓練を年々繰り返し行ってきた。その回数は今日までの7年間で約80回に及ぶ。浮き彫りになった課題は、すべてリスク対応計画やBCPに落とし込むようにしている。
東日本大震災では、多くの企業の間で地震による被害だけでなく、津波被害、福島第一原発周辺地域では、製品の風評被害など、様々なリスクが複合的に発生した。
TOTOでは、リスク管理体制に基づき、各分野ごと責任あるリスク対応に努め、本社は全体の進捗を俯瞰的に取りまとめることで、被害を最小限に抑える事ができた。災害だけでなく、さまざまなリスクを想定した訓練に取り組んできたことが奏功した。
しかし、東日本大震災では、災害の状況は常に変化していくことが改めて、課題として持ち上がった。住宅設備業界に関して言えば、トップシェアの排水トラップメーカーの被災やシステムキッチン主力メーカーの工場が被災するなど、資材不足により、新築が全国的に低迷した。しかし一方で、被災地では、仮設住宅などの需要が急増するなど、社会全体の状況は目まぐるしく変化した。
そのため同社は、後に、3.11刻々と変化する現場の危機状況に応じて、災害発生時における柔軟な判断や実効力を養うために「リアルタイム型リスクシミュレーション」を新たに導入した。リスク管理委員会のメンバーが各事業所を巡回して訓練を実施し、2011年度内に、すべての事業所のリーダーが参加したという。
現場の特徴を組み込んだシナリオ
同社のリアルタイム型リスクシミュレーションは「モックディザスタ-エクササイズ(災害模擬演習)と呼ば」れる訓練シナリオを活用した机上訓練を参考にしている。参加者には、事前に訓練シナリオを公開せず、様々な状況シナリオをリアルタイムに掲示しながら、その場で判断をしてもらう。そのため、事業の継続を妨げるリスクとその対策の重要性について、「気づき」を与えることができる。
TOTOで実施されている訓練では、5~6人のグループを1班としている。30分から1時間を訓練時間とし、時間軸に沿って次々と被害状況をアナウンスする。各班は、その状況への対処方法を決定していく。
同社リスクマネジメントグループリーダーの田中江美氏は「班内で役割分担をし、これからアナウンスする危機的状況の収拾を図るよう説明します。その後、大地震発生を宣言したら、こちらは対応について、一切口出ししません。『停電で設備が停まった』『お客様が大怪我をされた』『火災が発生している』『言動の厳しい顧客から納品の問い合わせがあった』など、現場にとって事業を継続する上で厳しい状況を与え、その時どう対処するか見ていきます」と訓練の様子を説明する。
当初は防災の専門家にアウトソースしていたが、2012年度から始めた訓練では、リスクマネジメントグループがシナリオを作成し、訓練拠点の事業特性や周辺環境から想定されるリスクを考慮して、よりリアルな状況に近づけるように工夫している。実際の近隣施設や顧客名をそのまま使うことで、訓練に臨場感を持たせることが狙いだ。
「お客様対応や地域対応など、実名を挙げることで“本当にその現場で起きたらどうするか”具体的に考える機会になるため、現場ならではの妥当解をディスカッションする場になります」と田中氏は話す。
訓練の「気づき」からBCPを作成
判断力だけでなく、広報対応など、社外とのリスク・コミュニケーション力を高めることにも併せて力を入れている。
例えば、製品リスク対応訓練などでは、疑似の記者会見を実施している。各現場のトップに説明させ、広報や総務担当者、時に役員も記者役となって、不足点や納得いかない点を次々に質問する。長年にわたって製品開発に携わり、製品に熟知している人でも、一般の消費者にも分かる言葉に噛み砕いて説明するのは難しい。実際の危機発生時では、記者会見は広報や社長が担当するが、現場トップにも経験してもらう事で、リスク管理意識が高まるのだという。
「訓練そのものは現場のリスク対応力に直結するし、訓練後にマニュアルとしてまとめることで、現場が使いやすいBCPとなります」(田中氏)。 訓練の最後には、参加者全員で、訓練体験から見えた課題や解決策などについてディスカッションをする。
「例えば、備蓄品は全国の支社や製造拠点に関わらず、一律に備えていますが、実践的な訓練によって、『地形的要件から救急車が直ぐに来てくれる可能性が低いのではないか』との意見があれば、その拠点独自に備蓄品を増やそうとするし、自分たちでお客様や社員を助けるための救命訓練をしよう、緊急時の連絡手段をより充実させようなど、様々な改善意見が出てきます」(田中氏)。
訓練とディスカッションを通して、参加者は自分達の危機について改めて考え直し、各現場のBCPを改善する。一方、リスク管理委員会にとっては、現場の事情を把握する機会となり、今後のリスク活動方針に反映していけるのだ。
連絡網で安否確認
安否確認訓練も工夫を凝らす。3.11の前から実施しているものではあるが、一斉発信できる安否確認システムを導入せず、あえてアナログにツリー式の職場連絡網を採用している点が同社の特徴だ。
東日本大震災では、多くの企業の間で安否確認システムが機能せず、メールが届かないという状態が続いたが、同社は、この訓練が見事に機能した。震災から休日を含め2日以内には、グループ社員も含め、すべての安否を確認できたとする。
社内には、個人の携帯番号やアドレスを登録することに抵抗がある人もいるため、100%安否確認システムに登録してもらうことは難しい。また、一旦登録しても、連絡先を常に最新に維持するため、本社のリスクマネジメントグループがケアを一手に請け負うことも負担が大きい。グループで働く
すべての人の安否確認が必要と考える同社は、このような理由から安否確認システムを導入しない方針を決定した。
その代わり同社では、各部門長の責任で、部門ごとに安否確認を任せている。どの方法でスタッフの安否を確認するかは基本的に部門の自由だ。
「万一の災害対応として緊急連絡先を把握すると捉えるのでなく、すべての有事に備えて平時から管理者が緊急連絡先を承知しておくのが役目、としている」(田中氏)。
部門ごとに管理することで、部門長の責任感が高まり、リスク管理の意識も上がるという。 TOTOでは、今後も日常の業務の中で、繰り返し訓練を実施し、そこで見えた気づきをもとに継続的に改善を行い、リスク管理を強化していくとする。
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