組織改革に手をつけた当初は統合の重要性が理解されておらず、また管理体制も各事業所の現状にそぐわないとしてマネジメントのモチベーションは育っていなかった。

EHSの統合で目指したのは、本業の目的に合致した全社的マネジメント体制を構築すること。そこで重要視したのは、活動範囲と責任が明確化された上で経営層から現場まで一体感を持って取り組め、組織改正が実施されても対応できる柔軟な体制だった。リスク評価とPDCAサイクルを効果的に実施するためにベースにしたのが環境マネジメントシステムのISO14001だった。OHSASや多様なISOがある中でISO14001を使った理由を加藤氏は説明する。

「理由の1つは各工場でこれまでもISO14001を取得していたからです。2015年のISO14001改訂では、事業計画の達成を目標としたリスク評価、PDCAサイクルの実施を要求しています。共通要求事項の中でトップのコミットメント、目標設定、ギャップ分析、リスク分析、PDCAサイクル、支援体制と当たり前のことがしっかりと明示されているので使いやすいと考えました」

ただし、BCP(事業継続計画)などクライシスマネジメントは経営層が直轄して行う体制が整っているため、新たなEHS体制には含まない。

新体制ではCSR推進部が事務局を務めるCSR推進委員会が環境、健康・衛生、安全のすべてを統合して、工場、研究所、本社・支店をそれぞれ1つの事業所として管理する。この事業所ごとに設置された事業所委員会が各事業所のEHSマネジメントを担当し、リスク分析、PDCAサイクルを実施する。CSR推進部の環境・安全衛生グループはこの体制全般をサポートし、EHSマネジメントを実行できるように目を配る。

労働安全衛生法で設置が義務付けられている安全衛生委員会はこの事業所委員会が兼ねることになる。そのため安全衛生委員会の基準も遵守した体制にする必要はあるが、これまでと異なる役割が委員にも求められるので、まだ事業所の改組はできていないという。

EHSを統合したマネジメントの導入は中外製薬に大きなメリットをもたらす。当然、EHSマネジメントは投資家からも評価されるので企業価値の向上につながる。これまで各事業所に任せてバラバラだった人材育成を集約し、身に付けるべき専門知識を確実に伝え、スキルを含めたレベルの底上げが可能になるという。

また、2014年から全事業所で安全リスク評価も実施しているが、評価項目にEHSすべての要素とビジネス的な要素も加えることで、これまでより多様な潜在リスクを考慮できるようになったとする。例えば、工場の薬品供給タンクに間違った薬品が補給されるというようなことは、これまで問題が起きたことがないため現場の人間では思いつかない。こうしたリスクを事業所外の人間が提示し、その対策を考えるといった取り組みを行う。「潜在リスクは各事業所、各現場によって違うので、各人がリスクを認識する訓練が必要です。チェックリストによる確認だけでなく、なぜそのチェックリストが必要となったのかを考える重要な機会になっています」と加藤氏は語る。同時にガバナンスの強化も感じているという。「組織体制がシンプルになったことで小さな事故やトラブルの情報や報告も伝わるようになってきました」。

実際の運営はまだ始まったばかりで課題もあるという。例えば各事業所でこれまで大きな事故がほとんどなかったため危機感を醸成しにくいこと。また、EHSの統合によるマネジメントの効果や成果が見えにくく、一見余分な負担が増えたように見えることも課題とする。そして何より、EHSそれぞれに高い専門性を持ち、統合して対応できる人材が少ないので、その育成が急務だという。

中外製薬株式会社 CSR 推進部 環境・安全衛生グループマネジャーの加藤伸明氏

加藤氏は「弊社のEHSはまだ始まったばかり。日々の業務の中でリスクマネジメントやPDCAサイクルの意義を学ぶ機会を設け、EHSマネジメントをレベルアップさせたい」と話している。

 

 

 

 

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