再検証 クレーン船接触で首都圏が麻痺

停電対策を考える上で、再度、検証しておきたいのが 2006 年に発生した首都圏大停電と、海外では 2003 年の北米大停電だ。偶然ながらどちらも発生した日時はともに8月 14 日。一般財団法人電力中央研究所シス テム技術研究所長の栗原郁夫氏にそれぞれの事故の原因と復旧過程を聞いた。

■2006 年 首都圏大停電
2006 年 8 月 14 日の午前7時 38 分頃、旧江戸川 を航行中のクレーン船が、新京葉変電所から江東変 電所までを結ぶ架空送電線に、アームを接触させて 切断(図1) 。これにより東京都心部で 97.4 万軒、 神奈川県横浜市北部・川崎市西部で 22 万軒、千葉 県浦安市、市川市の一部で 19.7 万軒、合計約 139 万 1000 軒で停電が発生した(図2) 。東京電力管内では、昨年の東日本大震災、1987 年の7月の電圧 低下による大停電に続く3番目の規模の停電となった。停電は約1時間でほとんどが復旧し、完全に復 旧を終えたのは4時間 40 分ほど経った 12 時 20 分 のことだった(図3) 。  

なぜ1本の送電線の切断が、これほど広域な停電を引き起こしたのか。そしてなぜ、同じ地域内でも 停電したところと、しないところに差が出たのか。

一般財団法人電力中央研究所システム技術研究所 の栗原郁夫所長によると、事故が起きた架空送電線 は、首都圏への電力供給の重要なルートの1つ。  

首都圏には図4のように、発電所でつくられた電気が、いくつかの超高圧変電所を通じて流れ込んで きており、第一次変電所や中間変電所を通って、枝 分かれ状に各事業所や家庭まで届けられている。

■日本の電力系統はメッシュ状ではない
栗原氏によると、日本の送電線や配電線は、ほと んどが多重化されており、万が一、どこかでトラブ ルが起きても別のルートから電気が送り届けられる ようになってるが、メッシュ(網目)状に送電網を電気が自由に流れているわけではなく、実際には、 ループ系統と放射状系統を適切に組み合わせ、基本 的には電気が常に1方向に対してのみ流れるように 制御されている。  

ちなみに、アメリカは、基幹送電線・地域供給系 の送電線がメッシュ状にくまれており、1カ所でト ラブルがあっても、電気が勝手に別のルートを通っ て流れる仕組みになっている。  

2006 年に事故が起きた、架空送電線の手前にあ る新京葉変電所から都内へ入り込んでいる電力系統 は、江東変電所の先にある城南変電所や、江東変電 所の手前から葛南変電所へと流れ、世田谷変電所を 経て神奈川県の荏田変電所まで電気を送り届けてい るが、同じネットワーク上にある新宿や北多摩、西 東京の変電所には電気は届いておらず、こちらは 新多摩変電所からの電気が供給されている(図5) 。 どこまでに対して電気を届けるのかという仕切り位 置は、供給能力や需要など、さまざまな要因を考慮 して決められており、通年で決まっているわけでは ないのだという。  

首都圏大停電では、江東変電所の手前の送電線が 切れたことで、それ以降への電気はすべて止まり、 線路保護上の関係から葛南方面への電気も止まった (図6) 。当初は品川の火力発電が生きていたことから、品川周辺から城南にかけては停電を免れていた が、次第に需給バランスがくずれ、最終的に、新京 葉変電所からの系統はすべてが停電になってしまっ た(図7) 。

■復旧
一方、復旧については、停電になった地域に対し て、従来の新京葉変電所から電力を供給させるので はなく、反対側の新多摩変電所からのルートに切り 替えることで新たな電力を供給することによって行 われた(図8) 。それまで城南と荏田までで区切ら れていた電気の流れを、電力の需給バランスをとり ながら、 供給先を1変電所ずつ逆方向に伸ばしていっ たのだ。  結果、1時間後の8時 37 分にはすべての変電所 が復旧。残りは配電系のトラブルだけとなった。  

アメリカのようにメッシュ状にしておけば、自由に電気が事故現場を迂回することで、大規模な停電 は避けられたかにも思えるが、栗原氏によると、こ の方法は小規模事故などには強いが、電力の制御が きかなくなり大停電を引き起こすリスクもあるとの ことである。

■都内全域の停電は起こりにくい
首都圏大停電から導き出せるエッセンスはいくつ かあるが、少なくても東京電力管内の場合、電気は 多方面から送電線を通じて供給されているため、大 地震などで都内全体が壊滅的な被害を受けない限 り、全域が停電するというリスクは極めて低いとい うこと。また、 送電線などの設備で事故が起きても、 ある程度、距離が離れていれば、同じ供給管内でも 同時停電を免れる可能性はあるということが挙げられる。

日本全土と同規模の停電
ニューヨークから2日間電気が消えた

外国の事例で検証しておきたいのが 2003 年に起きた北米大停電だ。ニューヨークやミシガン州、オハイオ 州などで2日以上におよぶ停電を引き起こした先進国史上、最大規模となった大停電だ(図9) 。当時、現地 調査に行った一般財団法人電力中央研究所システム技術研究所の栗原郁夫所長に再度、解説してもらった。

事故が起きたのは 2003 年8月 14 日 16 時 10 分 ごろ。場所は五大湖の周辺一帯。停電した電力は約 6180 万キロワットで、米国全体の約8%に相当す る。東京電力の 2011 年の最大需要が 4922 万キロ ワットだから、管内全部が停電したより規模が大き いことになる。停電の完全復旧までにはほぼ2日を 要した。  
栗原氏によると、アメリカの連系系統は、大きく 西部、東部、テキサスの3つに分かれている(図 10) 。

日本は、北海道電力や、東北電力、東京電力というように電力会社ごとに電力ネットワークが分かれ ているが、アメリカの場合、同じ電力ネットワーク(連系系統)の中に何百社も電力会社が存在す る。アメリカ全体の電力会社は民営や公営を入れる と 3000 以上にもなるという。  

アメリカの3つの連系系統間は、直流電気で結ば れており、仮に大きな電力系統の被害があった場合 には、それぞれが切り離せる仕組みになっている。 日本の場合は、交流と直流をうまく使い分けて電力会社間の連系をつないでいるが、いざという時に切 り離せることは共通している。  

ただし、アメリカの西部や東部の連系系統だけで も日本全体の数倍という規模になる。  

こうした大規模な連系系統を管理するため、アメリカでは電力会社とは別に Independent System Operator (ISO)や Regional Transmission Organization (RTO) という独立系統運用者が置かれている。例えばニューヨーク地区の電力系統を管 理するのは New York ISO、中西部なら MISO な ど。さらに広域的な信頼度の協調を行う役割を持つ Reliability Coordinator(信頼度コーディネーター)という機関も設置され、何重もの体制で管理がされている。

■わずかな送電線の樹木接触が原因
それでは、なぜ大停電が起きたのか。  

栗原氏によると、事故が起きた8月 14 日の前は、 暑い日が続いてはいたが、電力の需要は想定の範囲 内。電圧が若干低めになることはあっても安定して いて、異常な状態は見当たらなかったという。  

事の発端は、フロリダ州のスチュアートとジョー ジア州アトランタを結ぶ 34.5 万ボルトの送電線が 樹木接触によりショートし停止したことから始まっ た(図 11・写真) 。  ところが、送電線の電圧や電流などの系統状態を 監視する監視・制御装置が故障していたため、この 事態を電力会社も ISO も把握することができなかっ た。アメリカの電力系統はメッシュ状のネットワークでつながれているため、この送電線を流れていた電力は、別のルートへ自動的に流れ込み、流れ込ん だ送電線が過負荷を起こして安全装置が働き停止。 そこで食い止められた電力はまた違うルートへ流れ 込み、そこでも過負荷を引き起こし…という具合に 雪だるま式に被害が拡大していった。  

送電線がストップした周辺の地域では次々と停電 が起こり、結果、日本の全域に相当するような広範 囲な停電となった(図 12) 。  

「もし早い段階で事態が把握できていたら、途中 で負荷を切り離すなど、被害を拡大させない手は打 てたはず」と栗原氏は語る。監視装置の不具合、管 理体制、システム的な脆弱性など複数のミスが重 なった結果、 起きた事故と言える。栗原氏によると、 日本ではシステム的にも、管理体制的にも同じよう な事態が起こることは考えにくいという。  

最終的にアメリカでの調査報告書で指摘された事 故の原因は以下の4点だった。

1、電力会社や管理会社の不十分な系統理解   
  特に電圧面の問題について、電圧の運用基準が不適切で、セキュリティの検討が十分にされていなかった
2、電力会社の不適切な状況把握    
  系統監視装置の故障、バックアップ装置やそれらの再起動後のチェック体制など
3、不十分な樹木管理
4、信頼度コーディネーターの不適切な状況判断支援、不完全なサービスエンジニア、入り組んだ監視体制、コミュニケーションの問題など