2012/05/25
誌面情報 vol31
田邊・市野澤・北村法律事務所
元内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員
行政・企業・NPO・専門家連携による情報提供支援の新しいかたち
3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(下)
生活再建支援情報を適切に被災者に対し提供するには、情報提供主体になりうる民間側と、支援制度の実施主体である行政側とが協力する官民連携体制の確立が必要である。東日本大震災で被災者への生活再建支援情報の提供はどのように行われたか。3回連載の最終回として、岡本正弁護士にその実例と、行政・企業・NPO・専門家連携の具体的指針について解説いただいた。
■実践① 「復興のための暮らしの手引き~ここから/KOKO-KARA」
(1)「復興のための暮らしの手引き」とは
「復興のための暮らしの手引き」(図1)は、被災者の生活再建に有益な情報、被災者特有の悩みに応える窓口や制度情報等を紹介する無償冊子である。東日本大震災無料法律相談の実績や、弁護士同士のメーリングリストでの情報交換の中で得られた有益情報を目的別に整理して冊子にしたものである。この冊子の特長は、①手に取りやすい紙媒体の冊子であること、②目的別に検索できること、③官民問わずニーズの高い情報を掲載したこと、④「子どもからお年寄りまで」をコンセプトに平易な言葉で記載したこと、にある。
(2)なぜ紙の冊子なのか∼一覧性・検索性
支援マッチングの場合や目的が明確な場合は、ソーシャルメディア等インターネットでの情報発信が絶大な効果を発揮する。しかし、弁護士による無料法律相談の集積の結果明らかになったのは、「家も仕事も失った私たちはこれからどうしたら良いのでしょうか」「何か役に立ちそうな情報がありますか」「連絡先も、窓口がどこかも全く分からない、どうしようもなくて途方に暮れている」という相談事例が相当割合を占めていたことである(「被災地域におけるリーガルニーズ変遷の真相を読み解く─3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(中)(リスク対策.comVol.3054頁)」「震災関連法令」に関する相談がこれにあたる)。また、現実問題として、大量発信された情報を、被災地域の自治体や被災者個人が受け止めて整理することは困難である。そこで、「何か生活再建のヒントをつかんで欲しい、手に取ってほしい」という思いで、目に留まる情報の掲載に努めた。
弁護士は、無料法律相談活動の際には、「たとえばこんな制度があるのですが、知っていましたか。お話を聞かせていただけませんか」と、冊子を配りながら一人一人に話しかけていく手法を多用した。高齢者の方も多い避難所において、紙媒体の冊子は、一覧性・検索性に優れ、何よりも温かみと安心感がある。大変有益なコミュニケーションツールとなり、多くの支援者に活用頂いている。
(3)時間的なニーズ変化にも対応
第1弾は2011年4月中に弁護士有志がボランティアで作成し、印刷の上で配布した。窓口情報(行政機関、金融機関、保健機関、相談窓口等)を重視し、今まで知られていなかった「罹災証明」や「被災者生活再建支援制度」などを大々的に盛り込んだ。第2弾「夏版」(同年7月)第3弾「冬版」、(同年12月)とバージョンアップするにつれ、「二重ローン」問題に対する対応、原子力損害賠償に対する対応、などの情報も盛り込むことになった。
■実践② 行政との連携による効果的情報提供∼「広報みやこ」
(1)自治体広報紙の信頼性
被災者にとって情報の宝庫となったが自治体が発行する広報紙である。大規模に被災した自治体でも、住民に対する情報発信は必ず実施しなければならない。多くの自治体が住民のニーズは何かを模索しながら、広報紙による情報発信をしていた。
巨大災害後の自治体広報紙は、避難住民にとっては今後の生活再建のヒントとなる情報を見つけ出す唯一の媒体であるケースが多く、ニーズに合致したテーマが求められていた。
(2)「広報みやこ」と地元弁護士の連携
行政機関と専門家の協働のモデルケースとなる岩手県宮古市の事例を紹介する。2011年11月1日号の「広報みやこ」の1コーナーである。弁護士による相続相談の質疑応答を掲載するとともに、相続放棄熟慮期間満了についての周知を実施したものである。
弁護士が法律問題に答えるということそれ自体は、珍しい記事ではないかもしれないが、問題はその内容にある。平時であれば、市民の関心の高い法律問題について特集を組むことになり、テーマはいくつかの候補の中から選定できる。しかし、災害時においては、時機を逸すると無意味になる情報が数多くあるため注意が必要である。その1つを素早く取り上げたのが「広報みやこ」であった。災害時にめまぐるしく変わる法制に機敏に対応した好例といえる。
「被災地域におけるリーガルニーズ変遷の真相を読み解く─3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(中)(リスク対策.comVol.3055頁)」「相続に関する相談」のとおり、相続財産が債務超過になっているケースでは、相続放棄をしたほうがよい場合が多い。しかし、被災者の多くは、津波被害や浸水被害に遭い、現在の資産価値を把握できず、相続放棄すべきかどうかの判断ができない状況にあった。そこで、本来は相続開始から3カ月しかない相続放棄の申述期間を、2011年11月30日まで延長する民法の改正があった。たとえば、2011年3月の時点で相続開始に至っていれば、11月30日まで判断を伸ばすことができた。逆に、この時期を過ぎれば相続放棄はできず、借金も相続することになってしまう。多くの被災者は、自らがそのような状況に置かれていることにも気が付かないことがあり、自治体広報で周知する効果は絶大であった。
■実践③ 国と自治体と住民を繋ぐ支援ツールの開発∼東日本大震災 通知・事務連絡集
(1)国からの膨大な通知・事務連絡
震災直後から、国の各省庁は、現行法制の規制緩和や運用改善、新たな運用や解釈、従前の法制度や運用の確認などを中心に、「通知」「事務連絡」「お知らせ」などを大量に発信している。「自治体BCPは情報提供機能の維持・拡充を─3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(前)(Vol.29」61頁)でもふれたが、厚生労働省は災害救助法の弾力的運用、生活保護法の解釈の確認、などについて、約1000件の通知等を発信している。その名宛人は、県、政令市、中核市等であり、そこからさらに市町村等へ伝達されるのが通常ルートである。そのほか、環境省、文部科学省、農林水産省、国土交通省なども膨大な通知等を発信している省庁である。
しかし、あまりに膨大な情報であったためか、初期の段階でこれらの情報を正面から受け止めている自治体は限られていた。筆者のヒアリングした複数の自治体では、いずれも平時のようにチェックしていられない状況であったとのことである。被災した自治体にこそ必要な情報が、被災しているがゆえに整理ができないという事実が浮かび上がっていた。
(2)弁護士有志チームとIT技術者有志チームによる検索サイト構築
各省庁のホームページには、発信された通知・事務連絡等が公開されている。しかし、各省庁のホームページは統一フォーマットでなく、通知等をピンポイントに検索できる構造にもなっていないことがある(サイト内検索はあるが、通知検索はない、半年から1年ほど前の情報しかデータベース化されていない等)。
そこで、筆者を中心とした弁護士有志チームは「東日本大震災通知・事務連絡集作成プロジェクトチーム」を立ち上げた。データベース化においては、すべて弁護士の視点で、通知内容をまとめ、ワンポイントアドバイスやキーワードを記載するという作業を実施した。これにより、目的別に通知等を検索できる画期的なサイト構築を目指した。
その後、IT技術者のボランティアチームである「HackforJapan」の有志メンバーの協力を得て、東「日本大震災通知・事務連絡集」を完成させることができた。サイトが目指した目的と利用方法は図2の通りである。
(3)通知等の周知における行政機関と専門家の協働
「東日本大震災通知・事務連絡集」は各省庁のホームページを隅々までチェックして情報を探し出すという作業により作成した。作業量は多く、決して効率的とは言えなかった。今後は、発信した通知・事務連絡の「省庁名」「通知名称」「発信日時」だけを記載した「一覧表」を共通フォーマットにて整備する必要がある。専門家はこれらを常時チェックし、行政と協働して、通知、事務連絡等のポータルサイト構築を目指すべきである。
■行政、企業、NPO、専門家団体が連携した効果的な取り組みを蓄積
以上、いくつか筆者が身近に関係した情報提供支援の実例を紹介した。今後は、これらの実践を教訓に、さらにスムーズに行政、企業、NPO、専門家が連携できる体制の構築を目指したい。それぞれの立場が果たす役割は以下のように整理できると考える。
(1)専門家と行政機関との連携
国が発信する情報(通知、事務連絡、お知らせ等)について、全省庁のものを即時一覧化できる体制の構築が必要である。特に国側からの積極的な情報提供をお願いしたい。また、企業は、行政機関のBCP(業務継続計画)や防災計画の策定において、情報提供機能維持のための各機関との連携を明記して欲しい。なお、民間機関や専門士業団体は、その受け皿となるべく、人材とインフラを整えるべきである。
(2)専門家と企業との連携
「自治体BCPは情報提供機能の維持・拡充を─3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(前)」でも述べたとおり、金融機関、保険会社の情報は、金融庁や各業界団体がポータル機能を果たしていた。今後は、さらに直接被災者に情報を届けるため、自治体広報との連携、専門士業団体の無料相談との連携を求めたい。また、企業は、BCPの策定において、情報提供機能維持のための専門士業団体との連携方式をより具体的に明記していただきたい。
(3)専門家とNPO団体、民間支援団体等との連携
NPOをはじめとする民間支援団体には、被災者に寄り添って現場の最前線で活躍する者が多いため、情報伝達端末として威力を発揮している。企業や専門士業団体は、NPO団体に参画する人材の育成、団体への必要情報の提供に努めるべきである。(4)これから専門家が持つべき視点 専門家が専門知識を活用するに当たっては、被災者相対の個別相談のみならず、それらを前提とした上で、抜本的な支援制度構築まで結びつける視点を持つ必要がある。特に、専門家は、行政機関と連携し制度運用にコミットする努力が必要と考える。
■おわりに
3回にわたる連載の「前」では、被災者の抱える法的ニーズは、地域ごと・被災態様ごとに差異があることを証明し、その中で「情報提供ニーズ」が共通して高いことに着目した。
「中」では、被災者の抱える法的ニーズが、時間経過とともに顕著に増減していく様子を視覚的に捉えた。そして本稿では時機に適った情報提供の実践例を紹介した。
県単位での被災者のニーズは、これらの論稿により明確になったものと思われる。もっとも、日弁連による「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」(脱稿時の最新版は平成2011年3月公表の「第4次分析」)は、県単位にとどまらず、市町村(仙台市は区)単位での地域別傾向分析、時系列による傾向変化、相談者年齢分布、などのクロス分析を実施している。これらのデータを、基礎自治体や支援企業・NPOなどに大いに活用していただき、効果的な政策実現・防災計画策定の一助としていただけたら幸いである。(了)
−追記− 2012年4月6日、仙台弁護士会より「災害時における専門職による相談や専門職団体との連携強化を地域防災計画上明示することを求める意見書」が発表された。専門職による行政支援・協働、被災者への情報提供・相談活動等を、地域防災計画において明確にすることを求める意見書である。本稿を含む3回の連載論文と共通する点が多いため、ここに紹介させていただく。
【主要参考文献】
・平岩利文ほか「復興のために暮らしの手引き∼ここから」(4月版2011−04、夏版2011−07、冬版2011−12)・小口幸人「司法過疎地で被災者として、法律家として」「法学セ(ミナー」680、2011−08)
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