2012/01/25
誌面情報 vol29
田邊・市野澤・北村法律事務所
元内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員
自治体BCPは情報提供機能の維持・拡充を
3万件超の東日本大震災無料法律相談から見えた課題(上)
東日本大震災の発生直後から、全国の弁護士が被災者の無料法律相談を開始した。その実績は、電話と個別面談の相談だけでも、3万5000件に達している(2011年12月1日現在)。膨大な無料法律相談の情報を集約・分析した結果、災害直後に被災者が求める情報とは何かが浮き彫りになった。地方公共団体のBCP (Business Continuity Plan : 事業継続計画)においては、こうした被災者のニーズに応えるべく情報提供機能を維持させることが重要になる。震災法律相談の分析を行った岡本正弁護士に解説していただいた。
■無料法律相談による「情報提供機能」
巨大災害の発生時には、被災者(企業)に爆発的ともいうべきリーガル(法的)ニーズが発生する。私人間の契約や紛争、家族の問題、生活再建、事業再生、公的支援等、無制限と言ってよい。そのような中で、弁護士による法律相談が果たす機能は【表1】のように整理できる(※1)。
東日本大震災で特に重要となったのが「④情報提供機能」である。初期の法律相談では、災害発生後の国の法改正や行政支援の情報提供、保険金の受け取りや各種支払に関する金融機関や保険会社の窓口情報提供、などが中心となった。とりわけ、前者の行政支援情報の提供ニーズが最も高かった。
■被災地域ごとのニーズは大きく異なる
地域によって無料法律相談の傾向は大きく異なる。日本弁護士連合会「東日本大震災無料法律相談情報分析結果(第3次分析)(平成23年10月)が」示す無料法律相談の情報を分析することにより、初めてこれらを解明することができた。以下、日本弁護士連合会「第3次分析」の基礎データとなっている、2011年3月から8月末頃までの約2万8400件の無料法律相談を基に各地域の傾向を簡単に解説する。なお、評価の部分については、筆者個人の見解であり日本弁護士連合会の見解となるものではない。
【図1】は、被災当時の住所が岩手県の被災者の相談実績とその分布である。相談の上位は、①「震災関連法令」29.1%(被災者生活再建支援法の解説等、災害弔慰金の支給に関する法律の解説等、生活保護、各種行政支援・通知・事務連絡等の解釈、罹災証明・被災証明の発行等)、②「遺言・相続」24.3%(相続放棄の問題、負債・財産調査、行方不明者の問題、死亡届・認定の問題、遺産分割協議の問題等)、③「住宅・車・船等のローン、リース」11.5%(担保滅失による借入金の帰趨の問題、いわゆる「二重ローン」の問題、金融機関やリース会社との協議の問題、窓口情報提供、私的整理ガイドライン、債権買取りの提言等)である。 岩手県は、沿岸部が津波により壊滅的な被害を受けた一方で、都市部である盛岡市などは震度5強の地震ではあったものの、大規模な倒壊被害や建物の滅失被害は免れている。都市部との対比において、沿岸部の深刻な被害状況が反映されたものと評価できる。
(2)被災当時の住所が宮城県の場合
①仙台市等の都市中心部を含む宮城県全体の傾向
【図2】は、被災当時の住所が宮城県の被災者の相談実績とその分布である。相談の上位は、①「不動産賃貸借(借家)」21.1%(建物損壊時の修繕義務・賃料減額、津波による居住不能の場合の賃料支払義務(賃料請求の可否)、借家における罹災証明不発行の誤解の解消等)、②「震災関連法令」17.1%、③「遺言・相続」12.3%、④「工作物責任・相隣関係」9.8%(瓦屋根の落下による隣家不動産・動産等の損壊に際しての損害賠償義務の有無等)、である。
宮城県は、沿岸部におい
て壊滅的な津波の被害を受けている一方で、仙台市が震度6強の激震に襲われている。そのため、「不動産賃貸借(借家)」や「工作物責任・相隣関係」(自宅は損壊したものの、被災当時の自宅に居住可能なケースがほとんどである)の問題がリーガル・ニーズの上位になったと評価できる。
②宮城県沿岸部の避難所における傾向
【図3】は、平成23年4月29日から同年5月1日の3日間、宮城県下の95カ所の避難所を延べ300名の弁護士が合計約1000件実施した無料法律相談の結果である。相談者は津波被害のため避難所に避難している被災者がほとんどである。相談の上位は、①「震災関連法令」30.5%、②「住宅・車・船等のローン、リース」18.0%、③「不動産所有権(滅失問題含む)」14.1%(浸水地域の権利関係、建築制限問題、権利証や登記簿謄本紛失等、高台移転と買取りの問題等)④「遺言・相続」12.5%、である。岩手県の相談傾向に類似しており、津波被害の深刻さを物語っている。
(3)被災当時の住所が福島県の場合
【図4】は、被災当時の住所が福島県の被災者の相談実績とその分布である。相談の上位は、①「原子力発電所事故等」36.2%(損害賠償・仮払金問題、避難生活、契約関係、原発事故と賃貸借に関する問題、風評被害、放射能汚染、警戒区域等の立入、行政による支援策等)②、「震災関連法令」12.8%、「工③作物責任・相隣関係」12.1%、④「不動産賃貸借(借家)」10.9%、⑤「住宅・車・船等のローン、リース」9.4%、である。
福島第一原子力発電所の事故(原発事
故)に起因した相談が高割合となっている。地理的な要因からして当然であるが、改めて客観的データにより裏付けられた(※2)。 また、福島県は、広範囲が震度6以上の激震に襲われ、沿岸部は津波で壊滅的被害を受けている。このため、生活支援に関する法令の情報提供を求める「震災関連法令」や津波被害に起因する「住宅・車・船等のローン、リース」の相談が上位となる。さらに、福島市、郡山市、いわき市など都市部では度重なる余震による建物損壊の被害も甚大であり、「工作物責任・相隣関係」「不動産賃貸借(借家)」が、高い割合になったと評価できる。
(4)地方公共団体として被災者の一般的リーガル・ニーズを把握
以上のように、大災害発生時のリーガル・ニーズは、被災地域ごとに大きく異なっている。どの分野を重点課題とし、被災者住民と向き合うのか、それぞれの地方公共団体は確実に把握しておく必要があると考える。
地方公共団体は、被災者のニーズを汲み取り、国などに生活再建や復興政策を求める立場にある。その前提たる被災者への情報提供機能が維持されてこそ、地方公共団体の機能が真に維持される、すなわち、地方公共団体の「業務継続計画」(BCP)が貫徹されることになるのではないだろうか。
■行政の支援情報や各機関の窓口情報を弁護士相談の中で同時に実施
各地域の法律相談の傾向で共通しているのは、「震災関連法令等」という項目が上位にあることである。
具体的な
相談内容は、被災者生活再建支援法の解説等、災害弔慰金の支給に関する法律の解説等、生活保護、各種行政支援・通知・事務連絡等の解釈、罹災証明・被災証明の発行手続などであった。
このうち多くは、本来ならば地方公共団体が窓口で実施すべき情報提供業務のはずである。裏を返せば、災害時の地方公共団体は、情報提供機能を、平時にも増して維持し続けなければならないことが証明されたと言える。東日本大震災では、ほとんどの地方公共団体において、かつて実施したことのない制度を適用し、膨大な事務作業が発生した。住民に制度の存在を周知する作業も初めてのことであった。これらを助け、周知・説明機能を代替したのが、まさに弁護士による大量かつ迅速な無料法律相談であった。
■被災者のニーズに応える地方公共団体による情報提供機能の維持を優先課題に
被災者が欲する情報とは、抽象化すれば、「目の前の不安を除去し、混乱を回避するための情報」ということに尽きる。BCPは、災害時の行政作用の回復・維持計画である。「住民への情報提供機能の維持」もこれに含まれるべきである。
「災害時においても、住民への情報提供を的確に行う」ことを優先事項とした地方公共団体のBCPの策定を目指すべきである。弁護士の無料法律相談からは、【表2】のような情報を把握しておくことが効果的であることが解明された。
初期段階で被災者が欲する情報は思いのほか限定されていた。法制度の難解な解釈や契約紛争の解決を求めるのではなく、身の回りの財産・生活に直結した情報に限られていたと言える。
■情報提供ルートを複線化「BCP」をより効果的に
東日本大震災においては、国の通知や事務連絡が大量に発信された。例えば厚生労働省による災害救助法の弾力的運用の通知などは、被災者目線に立った優れた規制緩和策なども含まれており、目を見張るものがあった。
しかし、いかに優れた震災対応の通知や事務連絡が発信されても、被災した地方公共団体の担当者に行き渡るには時間がかかっていた。これは、同時に被災者への情報提供も確実でなかったことを意味している。
そこで、大災害時には、国、県、基礎自治体という情報提供ルート以外にも、国、専門家支援団体、住民という情報提供ルートを用意し、住民までの情報提供ルートの「複線化」を図る必要がある。この「専門家支援団体」とは、いわゆる業界団体ではなく、全国ネットワークを持つ弁護士会ほか専門士業団体やNPO等を念頭においている。特に専門士業団体は、その専門的知識が全国ネットワークで共有されており、災害に強い情報収集・提供体制があらかじめ構築されている。
例えば、弁護士は、災害直後に有志1000人以上が加入するメーリングリストが立ち上げられた。現在はその何倍もの弁護士が加入している。被災地のニーズや問題を全国で共有し、叡智を結集し即時解決するスキームができていた。行政機関との協働の知恵も多く紹介されている。地方公共団体は、専門家支援団体のネットワークを大いに利用すべきである。
■被災者支援は物資支援と情報支援の両輪
最後に、1つデータを紹介する。平成21年度版防災白書(内閣府)によれば、「自然災害発生時に役立ってほしいもの」は、第1位が「行政」(74%)となっており、第2位の「消防団などの自主防災組織」(59%)、第3位の「自分自身」(42%)を大きく引き離している【図5】。
住民にとっては、自然災害が発生したとき第一に頼るべき存在は、やはり「行政」、すなわち、地方公共団体の窓口なのである。
東日本大震災を教訓として、行政支援などに代表される有益情報の提供こそが被災者のニーズであることが判明した。行政機関が主導し、被災者・住民のニーズにかなった情報を正確かつ迅速に提供する体制の維持こそが、BCPの優先課題となるべきである。
被災者の災害直後のニーズを地方公共団体BCPへ一体化することで、東日本大震災の経験と教訓が劣化せずに確実に受け継がれることを願って止まない。(続く)
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【注釈】
※1岡本正『東日本大震災相談分析結果の報告̶̶1万8000件超のデータベースが示す被災者の「真のニーズ」と被災地域ごとの復興支援のかたち(特集東日本大震災をめぐる動向と復興へ向けた対応)』(法律のひろば64(9),18-24,2011-09)、永井幸寿「災害時における弁護士の役割」(NBL820、51-61、2005-11)
※2 小山治、岡本正『東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向̶̶被災当時の住所が福島県の相談者に着目して』(東日本大震災・原発事故災害復興支援(第4回)(自由と正義62(13),69-74,2011-12))
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