2017/12/18
防災・危機管理ニュース
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信州大学地域防災減災センター(菊池聡センター長)は11月23日、長野県長野市の信州科学技術総合振興センター(SASTec)で『防災市民シンポジウム』を開いた。5回目となる今回のテーマは『その時問われる動物との絆―見えない課題が見えてくる―」。災害が発生した際、ペットは誰が守らなければならないのか、家畜動物の避難対応や行政の受け入れ体制のあり方など、有識者を招いた講演やディスカッションを行った。
家族同然の飼育動物。その命、誰が守る?
この日は、ペットを飼う一般市民や家畜農家をはじめ、動物愛護について学ぶ専門校生らが多数参加した。シンポジウムのテーマを企画立案した、同センターの横山俊一研究員は「身近なところから防災について考えるきっかけになれば」と、動物をテーマにした趣旨を説明。自身が飼うオカメインコを例に挙げながら、家族同然の飼育動物と一緒に避難行動を取る場合「どのような課題に出くわすのか」「行政の管理体制でどこまで対応できるのか」「避難する側と受け入れる側のそれぞれが備えるべき対策は何か」―など、さまざまな観点で防災対策を学ぶ機会にしてほしいと参加者に訴えた。
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飼い主が愛情持って対策を
行政学や地方自治論を研究する成城大学法学部の打越綾子教授は、「災害時のペットの同行避難をリアルに考える」をテーマに講演。打越教授は、飼育動物が多種多様で画一的な対応ができない点や言語が通じない点、病気などの場合に獣医療が必要な点を挙げ、公助には限界がある現状を説明した。また、『同行避難』と『同居避難』の違いを解説し、「突き放されたように感じるかもしれないが、ペットは飼い主から見れば人間同様の家族であっても、他人から見ればただの動物。飼い主が愛情を持って防災対策を取らなければならない」と訴えた。
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被災した産業動物の『命』『自由』とは?
信州大学農学部の竹田謙一准教授は「産業動物とアニマルウェルフェア」をテーマに講演した。『アニマルウェルフェア』とは、OIE(世界動物保健機構、旧国際獣疫事務所)が動物衛生の向上を目的に世界各国に勧告している「動物が生活環境に適応しているか」を定義するもので、◇飢え、渇きからの自由、◇不快環境からの自由、◇痛み、傷、病気からの自由、◇正常な行動を表現する自由、◇恐怖や苦悩からの自由、――の5つの自由を基本原則としている。竹田准教授は、2011年3月の東日本大震災で被災した福島県浪江町の牧場被害や殺処分の実情を調査した結果を報告。警戒区域内に取り残された牛たちが、広い放牧地でさまよう様子や飢えて痩せ細った様子を目の当たりにし「アニマルウェルフェアの視点に立つと、安楽死も止むを得ないのではないか」と、動物愛護の観点からも慎重な議論が必要となることを示唆した。竹田准教授は「産業動物は、中途半端に保護すればかえって余計な維持コストを家畜農家に強いることになる。家畜の安楽死を含めどう取り扱うかを事前に検討する必要がある」と家畜農家に対する行政側のガイドライン策定を重要視した。
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動物から人へ。伝染病への備えを考える
京都産業大学の大槻公一鳥インフルエンザ研究センター長は、「災害時の飼育動物と感染症」をテーマに講演。身近に潜む原虫性疾病や、狂犬病や鳥インフルエンザなど動物から人に感染する『人獣共通感染症』の脅威について解説した。「災害が発生すると、飼育動物は避難所での不安や恐怖心などさまざまな要因でストレスを抱えるケースが多く、トキソプラズマ症などの『原虫性疾病』にかかる可能性を持つ」と大槻センター長。医療の発達により治療薬が開発されたものもあるが、完全予防が困難なものもあることから、飼い主によるストレスケアが重要となる。
狂犬病は、主に噛み傷からウイルスが侵入して伝播する脳神経系の病気で、感受性が高い人を含む哺乳類は発病すればほとんどが死に至るという。日本、オーストラリア、イギリスを除くほとんどの国で発生している病気だが、「現在、日本では発生していないが、ウイルスがないのかは不明」だという。大槻センター長は、主に山間部で飼育されている猟犬に注目。「狩猟に出られなくなった猟犬が捨て犬となり野犬化してしまうことで、狂犬病の発病につながるおそれがあるかもしれない」と示唆する。渡り鳥などの飛来によって発生する鳥インフルエンザも、京都・鴨川のように観光客が多く集まる場所での感染に注意を促す。「入ってきたものを対処するしか、今のところ対策はない」と、大槻センター長は呼びかける。
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ディスカッションは、3人の講師に加え、長野県食品・生活衛生課の小平満氏、同伊那市農政課の早川佳代氏、信州大学の濱田州博学長、横山俊一研究員らが登壇。愛護動物の救護活動などを議論した。
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小平氏は、犬や猫のような飼育動物に比べて避難対策が難しい産業動物について「畜産農家のみなさんはどのように考えているだろうか」と投げかけ。竹田准教授は「生産者は日常的に災害時のことを考える余裕がないのでは」と考察。早川氏は「うちは大丈夫だろう、と話す農家が多いのが実情だ」と話し「いつ災害に遭ってもいいように、エサの自給を促している」と家畜農家とのやり取りを伝えながら「災害を想像することができるかが大事。気長に伝えていきたい」と話した。
大槻センター長は、感染症に関する研究を進める中で「外来性疾患を扱う病院とも連携して検討会を行っている」と説明。打越教授は「動物実験施設を持つところは、まさに危機管理体制が問われる」と問題提起した。濱田学長は「大学の各学部が研究などで動物を扱っているが、今後は災害の観点でも考えていかなければならない」と危機感を示した。
横山研究員は「自分事に考える」「地域性を考慮する」「想像する」点をポイントに挙げ「一番の対策は、自分が住む地域を知り、災害を想定すること」と強調した。
(了)
新建新聞北信支局長:小池裕之
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