豪雪をもたらす寒波――1月の気象災害――
「平成18年豪雪」を振り返る
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2023/01/15
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2005(平成17)年12月は極東域に強い寒気が南下し、日本列島は相次ぐ寒波に見舞われた。東日本と西日本では、12月の月平均気温が戦後最も低くなった。また、日本海側では記録的な大雪となった。その傾向は2006(平成18)年1月以降も続き、日本海側の山間部では大雪となる日がたびたび現れた。新潟県津南町で2月5日に最深積雪416センチメートルを記録するなど、多くの地点で積雪深の最大記録を更新した。このため、除雪や屋根の雪下ろし等の作業中の落雪や転落などの事故による死傷者が多数発生するなどの人的被害があったほか、家屋の損傷、交通障害、停電などの被害が多発した。気象庁は、2006年3月1日、前年12月からの一連の大雪を「平成18年豪雪」と命名すると発表した。今回は、この豪雪をもたらした寒波について解説する。
気象庁は、寒波を「主として冬期に、広い地域に2~3日、またはそれ以上にわたって顕著な気温の低下をもたらすような寒気が到来すること」と定義している。つまり、①日本列島の多くの地域に影響が及ぶような広域性、②数日以上にわたる持続性、③低温の顕著性、の3つを要件としている。ただし、③については定量的な基準を設けていない。
「寒波」という言葉がいつの時代に誰によって作られたのかを筆者は知らないが、言い得て妙であると思う。寒気の到来を「波」としてとらえてこのように表現したのだとすれば、なかなか鋭い洞察力である。気象の入門書では、寒波を「寒気が波のように押し寄せてくる現象」、などと説明しているものがあるが、「波のように」とは何に着目しているのであろうか。新型コロナウイルス感染症の流行は「第○波」と表現されるが、それはたとえば感染者数の推移を描いたグラフが波のような形をしているから、すんなりと理解することができる。寒波についてはどうか。これを「波」としてとらえるには、2つの方法がある。
第1の方法は、新型コロナウイルス感染症の感染者数のグラフと同様に、特定地点における気温の推移をグラフに描くものである。図1は、平成18年豪雪の際の、新潟県十日町における気象経過である。気温の経過グラフを見ると、寒波が波状的に繰り返し襲ってきた様子が分かる。この図では、過去10年間の平均より低温の期間を着色している。
図1を見ると、2005/2006冬期の十日町では、11月半ばに約1週間の低温期が現れ、それも例年より約5度も低い顕著なものであったが、このときはまだ雪になるほどの気温ではなく、積雪にはなっていない。本格的な低温は12月になってから現れ、約40日間続いた。この低温期間は、何度かの寒波が連続したとみられる。それに伴い、12月10日頃から積雪が急激に増加し、約2週間で積雪深は2.5メートルに達し、1月上旬には3メートルに達した。その後も何度か低温期が現れ、12月に現れた低温期ほどの持続性はないものの、3月下旬まで2メートル以上の積雪深を維持した。4月に入ってからの低温も顕著で、雪どけが遅れた。
図1から分かるように、2005/2006冬期の全体を見ると、12月から1月初めにかけての寒波が「平成18年豪雪」を決定的なものにしたと言える。寒波という現象は、冬期間、いつでも現れる可能性があるが、「豪雪」という側面でみると冬の前半、12月から1月初めにかけての期間にどれだけ降るかが、豪雪になるかどうかを左右するように見える。本連載で過去にも指摘したように、寒気の強さが同じであれば、冬の前半に襲来する寒波の方が、冬の後半に襲来するものより、はるかに多くの降雪をもたらす。冬の前半は日本海の海面水温がまだ高いからである。
寒波を「波」としてとらえる第2の方法は、分布図で寒波を観察することである。図2に、2005年12月の北半球月平均500ヘクトパスカル面高度とその平年偏差の分布を示した。これに似た図は、ちょうど1年前の本連載で、「三八豪雪」時の大気の流れの説明に用いたことがある。500ヘクトパスカル面は対流圏のほぼ真ん中にあたる気圧面であり、その高度分布は対流圏の大気の流れの様子を代表している。図の中央が北極、下が極東域、上が大西洋である。
図2では、北極を取り巻く等高度線がアメーバのような形をしている。つまり、波打っている。風は等高度線にほぼ平行に吹く性質がある。等高度線が北半球をぐるっと一周して描かれているのは、偏西風が北半球を一周して吹いていることの表れである。300メートルごとに太い実線で描かれた等高度線のうち、5400メートル線に着目すると、それは円形ではなくて、低緯度側にせり出しているところと、高緯度を通っているところがある。低緯度側にせり出しているところは、高度が平年より低くなっていて、青の着色がみられる。500ヘクトパスカル面高度が平年より低いということは、地表から500ヘクトパスカル面までの気層が平年より低温であることを示すが、そこは寒波に襲われている地域であることを意味する。極東域と、北米東部、それに東欧一帯がそれに該当している。なかでも極東域は、負偏差を示す青色が濃くなっていて、気温が著しく低いことを表している。
図2を見れば、偏西風が大きく波打った結果として寒波が生じていることがよく分かる。つまり、寒波はまさに「波」である。
なお、図2で、5400メートル線が高緯度を通っているところは、高度が平年より高いので、橙色で着色されている。そこは、地表から500ヘクトパスカル面までの気層が平年より高温であることを示す。
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