日本では、異なる組織が連携しながら災害対応にあたる際に、全体を指揮調整する指揮官を決めることは困難という指摘がある。「消防が警察の下につけるはずがない」「警察の指示にしたがって消防は動けない」「消防は消防、警察は警察、それぞれの組織内で指揮権を発動すればよいのだ」など、さまざまな意見があろう。

しかし、ひとりの指揮官がすべての組織に指示をしろと言っているわけではない。チームとして災害対応にあたる以上、各リーダーが集まり、あたかも一つの頭脳としてチームメンバー全体を動かせるように指揮することが大切なのである(Unified Command)※2。 

30数名が重軽傷を負い、名の若き消防士が殉職した日本触媒でのアクリル酸タンク爆発事故では、チームメンバーの安全管理はどのように行われていたのだろうか。もし警察・消防・自衛・消防組織プラント従業員が情報と戦術を共有し、チームの安全管理がICSの中で徹底されていれば、あのような悲劇は起きなかったのではないかと思うと悔やまれてならない。

また、CBRNe(化学兵器・生物兵器・放射性拡散装置・核兵器・爆発物など)を用いたテロ災害など事案が複雑化すればするほど、そして多くの関係者が関われば関わるほど、チームの安全性などを十分に考慮した統一基準を決める意思決定という作業が必ず必要になる。指揮官のもっとも重要な役割は、救助より、まず自分たちチームメンバーの安全を確保するということを肝に銘じなくてはいけない。 

弊社が監訳した『消防業務エッセンシャルズ』という消防士のバイブルと呼ばれている教本があるが、2013年に出版された第6改訂版において、ICSは「消防士の安全と健康」の章の中で紹介されている。ここからも分かるようにICSは現場で作業するチームの安全を担保するためにも必要な手法であるということを強調したい。

※2 Unified Command(統合指揮)とは複数の関係機関(警察、消防、民間支援機関、軍、その他)が現場対応する場合、指揮系統を一元化するため関係機関各組織の指揮官が合議形式で全ての意思決定をする体制。
 

【書面化する】 

ついつい、“おざなり”にしてしまうのが、現場での活動状況などをきちんと書面化することだ。読者の方には、慌しい災害現場において、なぜいちいち書面に書き落とさなければならないのか納得がいかないと思われる方もいるかもしれないが、とても大事なことなので解説しよう。
 
書面化することで次のような効果をもたらすことが可能となる: 

・ 一連の災害現場における活動状況または何が起こっているのかをCFRまたはCERTの指揮官や各リーダーが一瞥できる。 
・ プロのレスポンダーへ現場を引き継ぐ際に有益な情報となる。 
・ CFRまたはCERTメンバーが災害対応へ従事した時間や活動内容を上部組織へ報告できる。
・ 危険物質へ曝露した公式な書類になる。 
・ 円滑なコミュニケーションが図れる(各機能班や交代する班に対し) 
・ 問題点や反省点が後の訓練の材料となる。 
・ 証拠として残る。 


CFRまたはCERTの組織では各レベルがそれぞれ以下の責任を負う:

・ 各セクションリーダーは現場指揮官へ損害の状況、グループの状況、必要物資の状況などの最新の情報(事実)を書面化し提供する責任を負う。
 
・ 現場指揮本部では事故現場の位置、アクセスルート、危険の特定、サポート活動の場所(参集場所、救護所、遺体安置所など)詳細な状況ステータスを書面化し、記録する責任を負う。 


このように全てを詳細に記録に残し書面化することにより、プロのレスポンダーへの引継ぎがスムーズになり作業効率が一段と改善されるのである。東日本大震災の時もあらゆる災害対策本部で議事録が作成されなかったことが一部報道などで問題になったが、現場といえども例外ではない。 

真っ白な紙に自由に書き込むのではなく、標準化されたフォーマットがあれば記録する事項にブレも出にくくなる。

【必要とされる各フォーマット】 

基本的に次の9つのフォーマットを準備しておくことを推奨する。米国においては前述したNIMSに定められた共通の標準化されたフォーマットと互換性があるものとして一般市民レベルの救助隊へ教育指導されている。