2.想定外ということ
「東京電力の福島原子力事故調査報告書 中間報 告書」には、「福島第一原子力発電所では、地震によってすべての外部電源が失われたが、非常用ディーゼル発電機が起動し原子力の安全維時に必要な電源が確保された。(中略)その後、襲来した史上稀 (まれ)に見る津波により、福島第一原子力発電所では、多くの冷却用海水ポンプ、非常用 D/G や電 原盤が冠水したため6号機を除き、全交流電源喪失の状態となり、交流電源を用いるすべての冷却機能が失われた。 (中略)さらに、1号機から3号機までは、直流電源喪失により交流電源を用いない炉心 冷却機能までも順次停止していった」と記述されています。

■想定以外のことがあり得ることを認識すべき
東京電力は、終始今回の津波は想定外であったとの主張を続けています。これに対し、「東京電力福 島原子力発電所における事故調査・検証委員会」の中間報告書は、以下のように指摘しています。  

「原子力の災害対応に当たる関係機関や関係者、原子力発電所の管理・運営に当たる人々の間で、全体像を俯瞰する視点が希薄であったことは否めない。そこには〈想定外〉の津波が襲ってきたという特異な事態だったのだから、対処しきれなかったといった弁明では済まない、原子力災害対策上の大きな問題があったというべきであろう。 (中略)一旦 事故が起きたなら、重大な被害を生じるおそれのある巨大システムの災害対策に関する基本的な考え方 の枠組み(パラダイム)の転換が、求められているということであろう」  

「何かを計画、立案、実行するとき、想定なしにこれらを行うことはできない。したがって、想定すること自体は必ずやらなければならない。しかし、 それと同時に、想定以外のことがあり得ることを認識すべきである。たとえどんなに発生の確率が低い 事象であっても、 〈あり得ることは起こる〉と考えるべきである。発生確率が低いからといって、無視していいわけではない。起こり得ることを考えず、 現実にそれが起こったときに、確率が低かったから 仕方がないと考えるのは適切な対応ではない。確率が低い場合でも、もし起きたら取り返しのつかない事態が起きる場合には、そのような事態にならない対応を考えるべきである。今回の事故は、我々に対 して〈想定外〉の事柄にどのように対応すべきかについて重要な教訓を示している」  

福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の報告書にも「津波の襲来は〈想定外〉ではなかった。 多くの研究がそれを〈想定〉していたのに、東京電 力は聞く耳を持たなかった」と記述されています。

 ■想定外は弁明である
一方、みずほ銀行のシステム障害特別調査委員会 報告書でも「MHBK の勘定系システムは 1988 年に 稼動を開始したものであるが、その後、情報環境は 大きく変化し、例えば、ATM は、当時においては 稼動時間が限定されていたものの、現在では 24 時間の利用が可能となり、インターネット・モバイルをはじめとした取引チャネルが多様化し、情報量が 増大したばかりか短期集中的な処理を求められるようになっており、そのためにシステム復旧に充てら れる時間的な余裕は減少しつつある。したがって、 このような状況の変化に応じ、システムにおいても柔軟に対応すべきであった」として、事故が想定されていなかったことを指摘しています。  

通常、企業は一定レベルのリスクを「想定」してリスク対策を行います。その場合、企業が経済的に対応可能なところの上限で線引きをして、想定される最大のリスクとする傾向があります。万一それを上回るリスクが発生した場合には「想定外」という 一言で弁明をする。これが、日本の行政、産業界、大半の技術者の長年にわたる思考の枠組み(パラダイム)だったと思われます。  

柳田邦男氏は、「想定外というのは、それ以上のことは考えないことにしようという思考様式に免罪符を与えるキーワードだ」と批判しています。  

本来は想定以上のリスク発生については「自己保有する」という考えであるべきですが、そういった 先進的な企業はごく一部で、一般的には、 「想定外」 のことは「起こらない」と整理していると思われます。「起こらない」ことに対しては、もちろん対策などは打ちません。  

企業において、形だけのリスクアセスメントが行なわれているケースや、設計の妥当性を説明するため のツールとしてリスクアセスメントが実施されているケースが見られます。  

また、リスクや危機管理の考え方や手法等の能力を身につけることは組織のリーダーの必要条件です が、企業の現状は必ずしもそうなっていません。  

現在企業が直面しているリスクは巨大かつ複合的です。企業のリスクメネジメントの担当者は、リスクマネジメントあるいは BCP の実行に当たり、そうしたリスクを想定するのに十分な能力を持っていないということが問題だと思います。東日本大震災を教訓にして、リスク管理プロセスの中に大規模な複合災害への対応問題をきちんと考慮に入れるべきだと痛感します。