正しく怖がるのは意外に難しい
第7回:山にはホラーがよく似合う⁉
BCP策定/気候リスク管理アドバイザー、 文筆家
昆 正和
昆 正和
企業のBCP策定/気候リスク対応と対策に関するアドバイス、講演・執筆活動に従事。日本リスクコミュニケーション協会理事。著書に『今のままでは命と会社を守れない! あなたが作る等身大のBCP 』(日刊工業新聞社)、『リーダーのためのレジリエンス11の鉄則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『山のリスクセンスを磨く本 遭難の最大の原因はアナタ自身 (ヤマケイ新書)』(山と渓谷社)など全14冊。趣味は登山と読書。・[筆者のnote] https://note.com/b76rmxiicg/・[連絡先] https://ssl.form-mailer.jp/fms/a74afc5f726983 (フォームメーラー)
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■人に言えないそのヒミツ
「オレって、わりと臆病かもな…」。これは口が裂けても人には言えないハルトのヒミツの一つです。
臆病といってもいろいろなレパートリーがあるでしょう。岩場とか鎖場とか、危険な場所に来ると足がすくんでしまって歩けないとか、深い森の中を歩いているとクマやイノシシが出てきそうで不安になるとか。
確かにこれらも彼の臆病の対象ではありますが、ここで意味しているのは、怪奇現象や妖怪やオバケといった文字通り人間の世界では説明のつかない不気味さや怖さのことです。
子供の頃、テレビで怖い番組を観たり、友だちと怪談話などに興じたりした日の夜は、決まってトイレには行けなくなるのは序の口。それが何日もあとを引いて、たとえば学校の放課後、だれもいない廊下を一人で歩いていると、後ろからだれかがついてくるような気がして振り返ってみたり、家の押入れの戸が少しだけ開いていたりすると、その暗いすき間から何ものかが覗いているような気がして、思わず背筋がゾクッとなったものです。
大人になってハルトが登山を始めたのは、そんな怖がりの性格を払しょくしたいという気持ちが、ひょっとしたらあったのかもしれません。しかし性格というのは1、2年山登りの経験を積んだぐらいではそう簡単に変えられるものではありません。怖いものはやはり怖いのです。
■ハルトが体験した説明のつかない出来事
以前、彼は登山用品店で「万一に備えてこれをザックに入れておくのが山男の常識ですよ!」と勧められてツエルト(緊急野営用の簡易テント)を購入しました。そしてさっそくこれを試したくなり、奥多摩に向かったのです。登山コースの外れにある草地にツェルトを張り、一晩過ごしてみたのですが、結果は惨たんたるもの。「コワくて一睡もできなかった!」。これがハルトの率直な感想でした。
自分のふがいなさに嫌気がさしたハルトは、職場の山の先輩ヒデさんに、自分の怖がりを悟られないようにそれとなく相談してみました。
「初めてツェルトを使って泊まってみたのですが、夕暮れ時、谷間の方からヒィー…ヒィーという気味の悪い声が聞こえていましたよ。何ですかねアレは?」
ヒデさんは当たり前のように答えます。「それはトラツグミだね。よく冗談で妖怪ヌエの鳴き声だとか言って山ガールたちを怖がらせたりするんだけど。ネット動画で探して実際の姿を見てごらんよ。トラツグミのダンスなんてかわいいもんだよ」
「それと、夜中に誰かがツェルトの周りを歩き回る音がして。カサコソ、ヒタヒタとね。もう怖くて…いや耳障りで寝付けませんでした」
「それはたぶんキツネ、タヌキ、シカ、あるいは何かの小動物だろう。彼らけっこう夜遊び好きだからね。そんなに気になるなら耳栓でもするさ。ひょっとしてキミ、怖がり? うひひひ」
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