2021/04/14
寄稿
日本企業が「治安リスク保険」を購入するには
それでは、日本企業は「治安リスク保険」の購入ができないのでしょうか?
答えは、「できます」です。
日本の保険会社が「治安リスク保険」の販売を行っていないのは、治安リスクが巨額の損害につながり自社では持ちこたえきれないからです。台風や地震など広域損害につながるようなリスクに限らず、保険会社はほとんどの種類の保険において巨額損害に備えて再保険を手配しています。支払準備金の取り崩しと再保険からの回収によって、2018年の台風21号や2019年の台風19号など大きな損害が発生した年でも、保険会社は赤字にならずに済んでいるのです。
ところが「治安リスク保険」のような特殊なリスクでかつ巨額損害が発生する保険は専門的ノウハウが必要であり再保険の引き受け手も限られているので、日本の保険会社は再保険手配をしていません。すなわち、再保険手配ができないから日本の保険会社は「治安リスク保険」の販売をしていないのです。
逆を言えば、日本の保険会社も再保険手配ができれば日本企業に「治安リスク保険」の販売ができることになります。
再保険の引き受け手はほとんどが海外の再保険会社であり、多くの再保険会社が集積するロンドン、バミューダ、シンガポールなどで再保険マーケットが組成されています。ウイリス・タワーズワトソンはこれらの市場から再保険手配を行って日本企業に対しても「治安リスク保険」を提供しています。まだ少数派ではありますが、実際にこういった手法により「治安リスク保険」をすでに購入している日本企業もあります。
第2、第3のミャンマーに備えて
現在ミャンマーに進出している企業にとっては「治安リスク保険」は喫緊の課題だと思います。本稿執筆時点ではミャンマー所在リスクも再保険手配は可能ですし、実際にウイリス・タワーズワトソンはクーデター後にもミャンマー所在リスクの新規保険手配を行っています。ただし、情勢は刻一刻と変化しておりますので、検討される場合には早めに始められることをお勧めします。
一方、ミャンマーには拠点はないもののグローバルに事業を展開している企業にとっては、第2、第3のミャンマーが世界中のどこで発生するか分からない状況であることを十分に理解する必要があると思います。
ミャンマーのクーデターは総選挙により国軍派が壊滅的な敗北を喫し、選挙に不正があったとして大勝したNLD幹部を拘束したことが直接の理由といわれています。しかし、なぜ国軍派が大敗したのかと言えば、その背景にはコロナによる経済停滞と行動制限が有権者にさらなる民主的な政治を求めさせ、国軍の影響力を排除したいという欲求が選挙結果に現れたのでしょう。
コロナの影響により、ミャンマーだけでなく世界中の治安リスクが悪化しています。経済停滞による生活困窮者の増加と行動制限による社会不安の増大がマグマのように蓄積し、何かのきっかけで噴火してしまう可能性が世界のあらゆるところで高まっているのです。いくつかの例を挙げてみましょう。
・下火になっていたタイの反政府運動がタブーとされていた王室批判を行うまでに膨れ上がってきた。
・コロナによる死者が30万人を超えたブラジルではボルソナロ大統領に抗議の声が上がっている。
・オランダで夜間外出禁止令に反発した群衆が暴徒化、さらにはコロナ検査場で爆発事件発生。
・北朝鮮がミサイル実験を再開。コロナによる経済封鎖打開のための示威行為と思われる。
これらはどれも、何かのきっかけで爆発してしまう火種です。そして世界中に同じような火種がくすぶっているのです。
グローバルに事業を展開する企業は世界のどこで発生するか分からない治安リスクに対しても対応できるよう準備をしておく必要があります。「治安リスク保険」はその準備の一つと言えるでしょう。自社の進出している地域の治安リスクを検証し、そのリスクを保有するのか?移転するのか?しっかりとした社内議論を行うことを強くお勧めします。
寄稿の他の記事
おすすめ記事
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/03/05
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/03/04
-
-
-
トヨタが変えた避難所の物資物流ラストワンマイルはこうして解消した!
能登半島地震では、発災直後から国のプッシュ型による物資支援が開始された。しかし、物資が届いても、その仕分け作業や避難所への発送作業で混乱が生じ、被災者に物資が届くまで時間を要した自治体もある。いわゆる「ラストワンマイル問題」である。こうした中、最大震度7を記録した志賀町では、トヨタ自動車の支援により、避難所への物資支援体制が一気に改善された。トヨタ自動車から現場に投入された人材はわずか5人。日頃から工場などで行っている生産活動の効率化の仕組みを取り入れたことで、物資で溢れかえっていた配送拠点が一変した。
2025/02/22
-
-
現場対応を起点に従業員の自主性促すBCP
神戸から京都まで、2府1県で主要都市を結ぶ路線バスを運行する阪急バス。阪神・淡路大震災では、兵庫県芦屋市にある芦屋浜営業所で液状化が発生し、建物や車両も被害を受けた。路面状況が悪化している中、迂回しながら神戸市と西宮市を結ぶ路線を6日後の23日から再開。鉄道網が寸断し、地上輸送を担える交通機関はバスだけだった。それから30年を経て、運転手が自立した対応ができるように努めている。
2025/02/20
-
能登半島地震の対応を振り返る~機能したことは何か、課題はどこにあったのか?~
地震で崩落した山の斜面(2024年1月 穴水町)能登半島地震の発生から1年、被災した自治体では、一連の災害対応の検証作業が始まっている。石川県で災害対応の中核を担った飯田重則危機管理監に、改めて発災当初の判断や組織運営の実態を振り返ってもらった。
2025/02/20
-
-
2度の大震災を乗り越えて生まれた防災文化
「ダンロップ」ブランドでタイヤ製造を手がける住友ゴム工業の本社と神戸工場は、兵庫県南部地震で経験のない揺れに襲われた。勤務中だった150人の従業員は全員無事に避難できたが、神戸工場が閉鎖に追い込まれる壊滅的な被害を受けた。30年の節目にあたる今年1月23日、同社は5年ぶりに阪神・淡路大震災の関連社内イベントを開催。次世代に経験と教訓を伝えた。
2025/02/19
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方