2021/04/14
寄稿
治安リスクによる損害の特殊性
治安リスクは「戦争・内乱・革命・クーデター・暴動・テロなどめったに起きないが、起こったら広域かつ甚大な損害になる」というリスクそのものの特殊性もありますが、起きた場合に企業が被る損害についても通常の火災事故とは異なるので注意が必要です。
自社の工場が暴動に巻き込まれて破壊されたら、当然被る損害には工場建物の再建築費用や機械の修理代があります。その他の重要な損害が事業中断による損失です。工場再建中は稼働できないので、その間の収益減少と稼働していない時にも発生する固定費が大きな損害になります。ここまでは通常の火災事故と同じです。
火災事故と異なる治安リスクの特殊性とは、自社の施設に損害がなくとも事業中断が起こり得るという点です。
例えば、暴動によって工場へ通じる道路が破壊され、自社施設には損害がないものの原料の納入ができなくなったら、工場は稼働できずに事業中断損害は発生します。あるいは、暴動により近くの建物が破壊され、当局によって一帯が立ち入り禁止となったら、従業員も出社できず事業中断損害が発生します。
上記の例はいずれも自社施設には損害がないものの事業中断が発生してしまう事例であり、治安リスクの場合には往々にして起こり得る事象です。冒頭にご紹介した報道されているミャンマー進出企業の操業停止は自主的なものなので、損失もコントロールできますが、道路の通行止めや当局による封鎖は自社ではコントロールできない損害なのでより一層の注意が必要です。
では、上記に挙げたような事業停止による損害や直接被害にあった工場や機械設備の損害については、どんな保険からどんな補償を受けられるでしょうか? そもそも、ミャンマーに進出している日本企業がデモと警察や軍部との衝突に巻き込まれて工場が破壊されてしまったら、現地で加入している火災保険で補償されるのでしょうか?
治安リスクに対応する保険が必要
まず、注意しなければならない点は、一般的な財物保険(いわゆる火災保険)ではクーデターや暴動による損害は補償の対象とならないことです。戦争・内乱・革命・クーデターは免責事項として財物保険では保険金の支払い対象外となっています。暴動についても政治的・宗教的背景を伴う暴動は免責となっていることがほとんど。その理由は、これらの治安リスクは広域かつ甚大な損害につながるため、保険会社がリスク排除しているからです。
ミャンマーで加入している現地の財物保険契約でも、日本で契約しているグローバルプログラムのマスターポリシーでも、恐らく支払い対象外とされています。
このような治安リスクを補償するためには、一般の財物保険とは別に「治安リスク保険(Political Violence Insurance)」に加入することが必要なのです。そうは言っても「治安リスク保険なんて聞いたことがない」と思われる方がほとんどだと思います。それは日本の保険会社が「治安リスク保険」を販売していないからであり、日本企業の方々が「治安リスク保険」をご存じないのも当然なのです。
一方、欧米では「治安リスク保険」はすでに普及しており、多くのグローバル企業が全世界の拠点を包括的に補償する保険プログラムを購入しています。ミャンマーのように危ない地域だけ保険をかけるということは、保険会社も引き受けがなかなか難しいので、全世界の拠点を包括的に補償するグローバルプログラムを構築することになります。
寄稿の他の記事
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方