2017/08/21
安心、それが最大の敵だ

熊本地震での積極対応と成果
2016年4月の熊本地震の際、国土地理院の対応は迅速だった。熊本県を震源として起きたマグニチュード7.3の大地震の発生翌日、国土地理院は震源が布田川(ふたがわ)断層帯と見られるといち早く発表した。観測された地殻変動のデータを基に震源の断層面を推定したところ、布田川断層とほぼ一致した。長さ27.1km、幅12.3kmの断層面が3.5mずれたとも公表した。断層面は布田川断層帯に沿って東北東へ延びていた。南阿蘇村内に設置した電子基準点が南西方向に97cm動き、23cm隆起した(数値は暫定値)ことも発表している。基準点が97cmのずれを生じたのである。
国土地理院は小型無人機(ドローン)で撮影した被災地の動画を公式ホームページで翌日には公開した。熊本県南阿蘇村立野の大規模土砂崩落の状況や同村と益城町(ましきまち)で地表に現れた断層の様子を上空から正確にキャッチすることができた。地理院職員が発生時に撮影した貴重な映像で、熊本地震による被害の状況把握や地震の発生メカニズムなどの解明に役立った。二次災害の防止や復旧作業にも大きく寄与した。その後もドローンによる撮影動画を公開し好評を博した。以下、現地の九州地方測量部(福岡市)の対応を、リスク対策の観点から見てみる。(公表資料から適宜引用する)。
◇
九州地方測量部は、国土地理院本院(つくば市)と調整を図りつつ、熊本地震の発生直後から現地の地形を把握し被害状況を取りまとめるための各種資料を大判出力し、熊本県庁に設置された非常災害現地対策本部(以下「政府現地対策本部」)をはじめ被災した市町村の担当者に直接手渡しで届け、提供資料の説明を行った。提供の際には、測量や地図等に関する要望調査も併せて行った。その結果「堤防補修を検討するための測量」や「出水期の住民避難を検討するための広域の地盤変動状況図」等の要望を受け本院と連携して迅速に対応した。
1.九州地方測量部の主な対応
4月14日の最初の地震発生に伴い、九州地方測量部は同日午後9時30分に災害活動体制を非常体制とし、国土地理院地方災害対策本部を設置した。地震発生直後は被害の範囲が詳細に把握できず地図等のニーズもつかめなかったため、震度5強以上の揺れがあった管内の地方公共団体を対象に、当該市町村がA0版用紙に入るように縮尺を調整した災害対策用図を作成し各市町村に届けた。
空中写真の撮影後は、精度の高いオルソ化(メッシュ状に細かく撮影した航空写真を地図に重なるように歪みを補正し映像化)された画像をDVDや大容量ファイル転送システムで関係機関に送付するとともに、大判出力図を政府現地対策本部や国交省九州地方整備局、関係する地元の県や市町村に提供した。4月15日に本院から熊本市内の電子基準点の点検要請に2人、5月20日に熊本城の地上レーザー計測作業に1 人の職員を派遣した。さらに現地対策本部に責任者として1人、リエゾン(災害対策現地情報連絡員)として延べ8人の職員を派遣した。
2.関係機関への地理・空間資料提供
九州地方測量部から地元自治体など関係機関に、災害対策用図、空中写真データ、正射写真図、亀裂分布図等さまざまな地理空間情報を提供した。提供の際には、可能な限り首長や国交省のTEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)に資料の内容を説明するようにし「この部分を拡大した写真図がほしい」「捜索に使うので追加の地図を提供してほしい」等の要望を収集し対応した。地震発生直後は、高速道路や鉄道が一部で不通となり宅配業者も営業を停止していたため、職員が官用車で地図や写真を運搬せざるを得なかった。このため、九州地方整備局から通行可能な道路の情報を収集して安全を確保し、官用車には「災害出動ステッカー」及び「緊急車両の証明」を装着して運行した。これにより、一般車の通行が制限されている道路の走行が許可されるなど、効率的な災害対応が可能となった。
熊本地震は被害が広範囲に及んだため被災した市町村の数が多く、それぞれに災害対策用図や空中写真等の出力図を提供するためには、短期間で大量の印刷を行う必要があった。また政府現地対策本部においても国土地理院コンテンツの出力図の提供要望が予想された。こうした印刷要望に迅速に応えるため,本院の協力を得て九州地方測量部にプリンターを1台増強して2台体制とするとともに、4月19日には政府現地対策本部にも大判出力用プリンターを設置して、要望を受けた後、直ちに資料を提供できる体制を整えた。関係機関への地図等の提供に当たっては、国交省九州地方整備局のTEC-FORCE の派遣予定先と地図等の届け先が合致した場合はTEC-FORCE に搬送を依頼する、先方が出力可能な場合は大容量ファイル転送システムで電子ファイルを送付して先方に出力してもらう、急ぎの要望に対してはバイク便を利用する等最適な方法で必要とされる時間内に資料を届けられるよう柔軟に対応した。
3.被災自治体、国土地理院本院と連携した対応
益城町を訪問した際、「町内を流れる秋津川と木山川の堤防が熊本地震により沈降したため堤防上の水準測量を実施したが、固定点も変動している可能性がある。堤防の補修を検討するための高さの基準がほしい」という要望を受けた。これを受けて本院は、熊本市周辺に派遣したGNSS 緊急測量調査班に益城町の水準測量固定点の検証作業を追加して行うよう指示し、GNSS 測量により水準測量の検証を行った。
この結果は、益城町や熊本県、益城町に派遣された国交省リエゾンに提供し、堤防に土嚢を積むなど応急復旧作業を行う際の高さの基準として活用された。さらに益城町から「堤防が沈降したため出水期の前に住民の避難計画を検討する必要がある。町復興のグランドデザインを作るためにも、熊本地震により地盤がどのように変動したかを詳細に把握したい」との要望があった。これを受けて本院は,航空レーザ測量を実施し、今回のデータと過去のデータの差分を段彩図にした標高差分段彩図を作成し、九州地方測量部から益城町及び関係機関に提供した。
◇
「災害発生時にきめ細かく迅速な対応ができたのは、日常の研究や協力関係作りの成果であると考えている」。国土地理院の公表資料はこう締めくくっている。
(参考文献:国土地理院発表資料、同院論文、朝日新聞・毎日新聞関連記事、科学誌「Newton」本年6月号)
(つづく)
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