住民側の行動について振り返ると、ある報道の被災住民の次のコメントから「正常化の偏見」(目の前に危険が迫ってくるまで、その危険を認めようとしない人間の心理傾向)が多くの住民に作用していたことを窺い知ることができる。しかし、これは過去の洪水災害でも度々指摘されていることである。 

「高速道路の工事をしていた人たちはすぐに逃げました。でも地元の私達はここまで水が来ることはないだろうと思っていました。地元の人間の方が警戒していなかったのです」。 

もし、「100年に1回」という確率を、「起こり得ない」、「非常に稀」という認識を持っていたとしたら大きな間違いである。

英国安全衛生庁(HSE)では、工学的システムによる個人死亡リスクを100万年に1回を超えないことを発生確率の許容限界として使っているが、一般的には100万年に1回や1000万年に1回という確率を「起こり得ない」という確率としてみなしている。

ちなみに、鬼怒川の1/100確率流量の元になる3日間雨量は362mmであるが、1/50確率では346mm、1/20確率では322mmである。このようにみると402mmの雨量も不確実性を考慮すれば、10年に1回、あるいは毎年発生しても不思議ではない、という認識が持てるはずで、近年の地球温暖化による豪雨、台風の増加を考えればなおさらである。 

また、一般に、土砂崩れ、土石流、津波など大きな流速をともなう水害は「怖い」と認識されるが、浸水では滅多に人は死なないと理解している人は少なくはない。洪水ハザードマップで浸水の深さを示すだけでは、実際の洪水被害を認識させるには不十分かもしれない。 

このような発生確率、被害のイメージの捉え方が、正常化の偏見を助長させてはいなかったであろうか。正常化の偏見は自動的な感情であり、その対極は「意識する知的判断」だと言える。大規模な洪水災害の理解促進は平常時のリスクコミュニケーションを通して住民の意識する知的判断を養い、自助・公助ができるコミュニティーを構築していくことは地方自治体として重要な役割である。

地震偏重のリスクマネジメント
本稿は決して常総市の対応の成否を検証することを目的としたものではない。指摘した点があてはまる他の地方自治体もあるかもしれない。最近、地震偏重のリスクマネジメントによって他の災害対応が脆弱となっているという指摘が散見されるが、地域住民を守るという立場の地方自治体にとって大規模洪水に対するリスクマネジメント強化の一助となれば幸いである。

※1.「平成27年9月関東東・北豪雨」に係る鬼怒川の洪水被害及び復旧状況等について(平成27年10月13日、国土交通省関東地方整備局)
※2.「平成27年9月関東東・北豪雨」に係る鬼怒川の洪水被害及び復旧状況等について(平成27年10月13日、国土交通省関東地方整備局)
※3.常総市ホームページ等をもとに作成
※4.「平成27年9月関東東・北豪雨」に係る鬼怒川の洪水被害及び復旧状況等について(平成27年10月13日、国土交通省関東地方整備局)