2012/11/25
リスクマネジメントの本質
3.経営者によるTQCの活用
前述の東京大学石川馨教授の弟にあたられる鹿島建設の石川六郎氏は、日本経済新聞の「私の履歴書」に次のように書いておられます。
「私は1978年社長に就任し、ただちに精神作興に取り組むことを社内に宣言した。(中略)具体的手法としてTQC(総合的品質管理)を導入する。私は長兄の馨に相談した。馨はTQCを推進している学者グループの代表の一人だった。QCは米国が本家の経営手法だが、日本では経営者が先頭に立って、全社で取り組もうというTQCに発展した」
経営者が新しい経営管理手法の導入を手段として、経営体質の改善を行った好事例です。
4.品質管理の導入はなぜ上手くいったのか。
アメリカから輸入したSQC(統計的品質管理)という経営手法が我が国の企業に定着し、さらに我が国独自のTQC(総合的品質管理)にまで発展した理由について、私は次のように考えています。
①当時の、経営者・管理者・現場には、我が国の技術の後進性が極めて大きいことが認識されており、企業構成員のすべてがSQCの導入に熱心であった。
②日本科学技術連盟を中心として、産、官、学一体となった普及活動が強力に推進された。
③SQCは生産部門という、単一の部門に対する管理手法であったため、経営者の理解も得易く、縦割色の強い我が国企業において、他部門との調整をあまり必要としないで導入が可能であった。
④我が国企業は、もともと生産工程の中に現場を含めて、情報の共有と協調の仕組みを持っていたため、現場を含めて同一の情報を基盤に自発的に生産工程を「改善」して、高い品質と生産性を実現できた。
⑤SQCがまず企業に定着できた結果、SQCの思想・手法を全社に適用して経営の高度化を図る我が国独自のTQC(総合的品質管理)に発展し、全社的な経営管理手法に進化させることが可能となった。
また、石川教授らは我が国に適した品質管理手法の確立という確固たる思想を持っておられ、この点がTQCに発展し、QCが我が国に定着した最大の原因だと思います。
一橋大学の佐々木聡教授の『戦後日本のマネジメント手法の導入』(一橋ビジネスレビュー・東洋経済新報社・2002年秋号)では、1955年から開始された、生産性本部の海外視察団のことにも触れられています。当時そのスケールから「昭和の遣唐使」と言われ、受入各国がその熱心さに驚嘆したといわれる視察団は、技術専門の分野から経営管理、中小企業へと範囲を拡大していき、品質管理のみならず、マーケティング、ヒューマン・リレーションズなど多くの経営管理手法が我が国企業に導入されました。
これらの経営管理手法の導入の中で、日本化に成功した唯一の事例がQC(品質管理)です。当時、SQCを学び、あるいは生産性本部の海外視察団に参加した人々は、既にリタイアし、企業にその精神はほとんど残っていないと思います。今我が国企業の活性化が叫ばれている折から、我々はこうした「戦後日本のマネジメント手法の導入」の歴史を振り返って教訓を汲み取る必要があります。
- keyword
- リスクマネジメントの本質
リスクマネジメントの本質の他の記事
- 最終回 戦後日本のアメリカ流マネジメント手法の導入
- 第5回 家庭電器大手の業績について
- 第4回 リスクマネジメントの実践における経営的視点の欠如
- 第3回 東日本大震災の関係報告書に見るわが国企業における危機管理の問題点
- 第2回 我が国における BCP (事業継続計画 ) の問題点
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方