(出典:Shutterstock)


今回は英国アクチュアリー会(Institute and Faculty of Actuaries:略称 IFoA)が英国のエクセター大学(University of Exeter)と共同で発表した報告書を紹介させていただく。アクチュアリー(保険数理士)とは、公益社団法人日本アクチュアリー会の説明によると、確率や統計などの手法を用いて、将来の不確実な事象の評価を行い、保険や年金、企業のリスクマネジメントなどの多彩なフィールドで活躍する数理業務のプロフェッショナルである(注1)

本稿で紹介させていただく報告書は、副題が「Limitations and assumptions of commonly used climate-change scenarios in financial services」(金融サービスで一般的に用いられる気候変動シナリオの限界と前提条件)となっているとおり、現在用いられている気候変動シナリオが楽観的すぎることを、さまざまな論拠から説明したものである。なお本報告書は下記URLから無償でダウンロードできる。
https://actuaries.org.uk/media/qeydewmk/the-emperor-s-new-climate-scenarios.pdf
(PDF 32ページ/約 10.4 MB)


まず図1は、気候変動(地球温暖化)の影響として想定されている主な現象が発生する条件が並べられたものだが(注2)、ここで注意していただきたいのは、各現象ごとに示されているバーの色が、その現象が発生する「ティッピング・ポイント」(転換点)となる可能性を示しているということである。例えば図の右端にある「East Antarctic Ice Sheet」(東南極氷床)については、地球の平均気温が産業革命以前に比べて5〜7度高くなると融解してしまう可能性があり(possible)、7〜10度高くなると融解の可能性が高くなる(likely)ことを示している。また10度を超えると、その可能性は非常に高くなる(very likely)。つまり、これらの現象は気温が上昇するにつれて徐々に発生するというよりも、気温があるティッピング・ポイントに達したところで急速に発生するという、非線形(non-linear)のインパクトが発生するということである。

画像を拡大 図1.  気候変動によって発生すると懸念されている現象ごとのティッピング・ポイント (出典: Institute and Faculty of Actuaries / The Emperor’s New Climate Scenarios)


また、このティッピング・ポイントに関して留意すべきポイントとして、本報告書では次の2つが指摘されている。ひとつは、ある現象がティッピング・ポイントを超えて発生すると、再び気温がティッピング・ポイント以下に下がったとしても、元の状態には戻らないということである。例えば図の左から2番目に「East Antarctic Ice Sheet」(西南極氷床)があるが、もし平均気温が3度以上高くなって西南極氷床が溶けてしまったとすると、その後に再び気温がティッピング・ポイントより低くなっても、すぐに氷床が再び形成される訳ではない。具体的にどの程度かは記載されていないが、もっと大幅に気温が下がらないと、氷床は元の状態には戻らないのである。このような不可逆性があるということに注意する必要がある。

もうひとつは、これらの現象がドミノ倒しのように発生する可能性があるということである。図の左半分にある現象は、概ね2〜3度程度の気温上昇でティッピング・ポイントを迎えるが、これらの氷床、氷河、永久凍土の融解が気温上昇を加速させる可能性がある。また中央付近にあるアマゾンの熱帯雨林の減少も温室効果ガスの増加につながるため、気候変動の加速に繋がるであろう。

そして本報告書によると、一般的に用いられている気候変動シナリオの多くでは、このようなティッピング・ポイントに関する問題が考慮されていないため、その結果として気候変動リスクが過小評価されているという。