2018/05/10
熊本地震から2年、首長の苦悩と決断
庁舎の整備の重要性
問題だったと思うのは、地震直後にエレベーターが止まってしまったので、県庁新館の10階にある防災センターまで、災害対策本部会議のたびに何回も走っていかなければならなかったことでした。今は低層階への設置の方向で検討しています。
また、熊本地震では、8つの市町村庁舎が被災により使用できなくなり、地震の初動対応に支障をきたしました。行政庁舎の整備は後回しにする政治家の美学みたいなものがありますが、これは間違いです。災害対応の拠点となる庁舎は、きちんと整備しておくべきだと思います。
熊本地震を学び、熊本地震に学ぶ
最後に、熊本地震への災害対応について、うまくいったことと、うまくいかなかったことの両方を包み隠さず全国に発信し共有していくことが、今後の日本全体の災害対応力の向上に結びつくと信じています。災害はいつどこで起こるか分かりません。事前に100%準備することはできないので、起きた時にどう行動するか。想定外の事態への「対応力」がとても大事だと思います。熊本地震では、全国の自治体から多くの職員を派遣していただきました。本県にとって非常にありがたいことです。派遣する側にとっても、災害対応を派遣職員が学ぶ機会になり、この経験は大きな意味があると思うのです。ですから、今後は、大規模災害時には被災地へ全国各地の行政職員を一挙に動員するような制度が必要ではないかと感じています。
そのためにも、熊本地震を経験した私たちから情報を発信することで、全国の自治体が「熊本地震を学び、熊本地震に学ぶ」ようになって欲しいと考えています。
全国の皆様からいただいた支援への御礼の気持ちを込めて、日本全体の災害対応力を高め、次の災害に備えていくことに貢献していきたいと思います。
熊本県知事 蒲島郁夫氏 プロフィール
■生年月日
昭和22年1月28日
■学歴
昭和54年11月 ハーバード大学大学院
(政治経済学博士号)
■職歴
昭和40年4月 稲田村農協に勤務
昭和43年6月 農業研修生として渡米
昭和55年9月 筑波大学社会工学系講師に就任
平成 9年4月 東京大学法学部教授に就任
平成20年4月 熊本県知事就任
平成20年6月 東京大学名誉教授に就任
本インタビューから学ぶ危機管理トップの心得
「人々は多くの期待を持っていますが、その期待値は非常に短期間のうちに変化します。その期待に実態が素早く追いつかないと不満を生み、それが暴動にまで繋がるということです」。知事が強調していた「ギャップ仮説」は、災害時における人間心理の本質をついたものです。熊本地震では、被災直後は行政に対する期待値は小さいが次第に期待値が高まってくることから、その期待値が小さい段階で早く対応をしなくてはいけなかったということですが「もし対応ができないならリーダーが展望を示すことが大切」という話は、特に「政治家」の言動としては、非常に重要な点なのだと思いました。他の市町村長へのインタビューでもスピードを重視することが大切、展望を示すことが大切、という話は何人かから聞きました。
また、自衛隊への応援要請について「空振りでもいいから早く要請する」という話は、台風や豪雨における避難勧告や避難指示でも、繰り返し指摘されている点です。このほか、緊急時には動じないことについては、嘉島町長のインタビューで書いた通り、危機対応にあたるトップにとって最も重要な点だと思います。
一方で、危機発生時の権限移譲については、他の市町村長のインタビューではなかった点です。現場に任せることと、権限を移譲するこは、似て非なるものだと個人的には感じています。本来ならあらかじめ緊急時の権限移譲ルールは決めておいた方がいいのでしょうが、政治家は危機管理のプロではありません。他の首長へのインタビューでも「政治家としての判断と対策本部のトップとしての判断に悩んだ」という話がありましたが、本来自分がやるべき対策本部の指揮を、他の者に委ねるとしたら、それは権限委譲が必要だと思います。知事を含め9人の首長へのインタビューを通じて、一番感じた点は、政治家という市民を代表する意味での「トップ」と、災害対応にあたる行政機関の「トップ」としての役割・責任についてでした。
もう1点、すべての首長が共通に口にされていたのが、過去の自治体の災害対応の記録がとても役になったということでした。今回の報告書が、今後他の自治体の災害対応に役立つものになることを願いますが、できれば災害が起きてから読み返すのではなく、災害が起きる前にこれを読み、熊本地震での各自治体の災害対応を我が事として、見取り稽古をしていただければと思います。
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