2015/03/25
誌面情報 vol48
③危機管理体制の整備と継続的改善
リスク管理部門は、危機管理体制の整備とその継続的な改善のため、リスクマネジメントの観点から主管部門を支援するとともに、関係部門間の調整を行います。つまり、リスク管理部門は客観的な第三者として、コーディネーターや行司の役割を果たします。
④BCPの策定と継続的改善
リスク管理部門は、上記の危機管理体制と同様に、BCPの策定およびその継続的な改善のために、主管部門の支援、関係部門間の調整を行うコーディネーターや行司の役割を果たします。また、必要な場合には自らBCPを策定します。
経営上の課題解決を「実現」する
リスク管理部門は、経営上重要な個別のリスク対応策を改善・強化するために、リスク管理部門が全社横並びで観察し、対応策に不十分な点や改善すべき点はないか確認し、改善提言を行うことが必要です。そして時々の経営上の課題に対し、リスクという切り口から対応策を提言し、その実現のために必要な支援や調整を行い、対応策を実現することが求められます。経営者が懸念する時々の問題に対して、リスクという観点からいわばパッチを当てて、解決すること。これが事業会社におけるERMの実務で重要な機能です。実現力がポイントとなります。
そのためには、「エンタープライズ“リスト”マネジメント」を避けることが必要です。ERMの導入後1年程度は、企業全体の重要リスクとその対応状況の洗い出しが中心となる場合が多いと思います。導入後2〜3年が経過すると、経営上の課題への対応が求められてきます。しかし、その段階になってもリスクリストの洗い出しに注力している場合が、まま見られます。しかし、ERMは企業の活動である以上、付加価値、つまり「実利」があることが不可欠です。経営上の課題への対応に貢献することが必要なのです。
社員のリスク管理能力の向上
企業におけるERMの第4の役割は、社員のリスク管理能力の向上です。現場第一線におけるリスクマネジメントの実務で最低限必要な要素は、リスクに敏感に気付いて、関係者に確実に伝達することであり、それを実現するためには、リスクに対する“感度”“感性”やを磨くことが必要です。 そのためには、自社の重要なリスク顕在化事例1件を題材として、原因と、そこから得られる共有すべき知見について、リスクの気付きと伝達の2つの側面から、〜6人程4度のグループで議論してもらう方法が有効です。知識を詰め込むよりも、腹に落ちる議論でリスクへの感性を磨くことがとても重要です。
(資料提供:吉野太郎氏)
IBMにおけるERMと危機管理体制
講師:日本IBM BCPリーダー担当部長 齋藤守弘氏

1982年に入社して、30年以上日本IBMに勤務しています。最初はシステムエンジニアとして製鉄所を担当し、2004年から品質担当部長になりました。2013年からは全社のBCPを統括するリーダーを担当しています。
簡単にIBMを紹介しますと、全世界170カ国に事業を展開している、代表的なグローバル企業の1つです。一般的には世界中で従業員が44万人、日本人はそのうち1万5000人と言われています。
日本IBMにおけるリスクマネジメント
日本IBMのリスクマネジメントは、1995年の阪神・淡路大震災で大きく見直されました。全国のお客様にシステムを導入していただいていたので、保守サービスの部門が中心となってお客様の復旧に貢献するとともに、社内の復旧に取り組みました。
その後、2000年前後からボトムアップ型のプロセスでリスクマネジメントとBCPを段階的に整備していきました。2008年にパンデミックが全世界で問題になりましたが、IBMもグローバル企業としてそのあたりからERM(全社的リスクマネジメント)を、トップダウンで導入開始していきました。
そして2011年に東日本大震災が発生。再度本格的にBCPを整備しなければいけないということで、2013年5月に現在の全社レベルのBCPを確立しました。
リスクマネジメントとクライシスマネジメント
リスクマネジメントの第一歩はリスクの洗い出しであり、その後リスクの特定、評価、軽減と続き、それを基にBCPを策定します。発生した脅威に、最適な危機管理体制を組織化し、脅威の影響を最小化するのがBCPであり、全体を通じ、大きな視点で考えるのがERMだと捉えています。

さて、全体のリスクの洗い出し、リスクの把握手法として、日本IBMもリスクマップを導入しています(図1)。事業への影響度を縦軸、発生頻度を横軸に配置し、影響度、発生頻度ともに高いリスクを「Tier1」として管理しています。「Tier2」は、複数の業務プロセス内でリスクの最小化が可能なもの。「Tier3」は対応策がすぐに実行可能なものです。
この分類に関しては、客観的な評価も必要ですが、ある程度主観や社会的視点からも併せてみて、見直しをしていくことも大事だと思います(図2)。首都直下地震は、東日本大震災が発生するまでは決して大きな頻度と捉えていませんでした。最近、発生確率70%という数字が出てきて確率は高まっていますが、リスクマップ上では社内のBCPが整備されることによって、多少影響度を下げることもできると考えています。リスクマップはそうやって調整し、見直していくことも重要です。
一方のリスクとして、情報漏えいなど、ハッカーによるサイバー攻撃は非常に大きな問題になっています。発生頻度、会社に対する影響度を鑑み、現在では「Tier1」レベルで管理しています。
IBMのビジネス・コンダクト・ガイドライン
オペレーショナル・リスクにおけるプロセス・マネジメントを簡単に整理しました(図3)。日々の業務プロセスの中に組み込み、定期的にPDCAを回す。その種類として、「企業倫理」「情報セキュリティ」「製品・サービス障害」「事件・事故」の4つのカテゴリーを挙げています。それに対するプロセス・マネジメントとして、まず社内規定が必要になります。社内のガイドラインをきちんと策定する。それに則ったプロセスを、高品質で運営管理する。そのためのツールや、周知・啓発・教育などで品質を上げていきます。「リスクをマネジメントする」=「リスクをミニマム化する」ことだと思います。右側に「企業行動基準遵守への全社員への署名」という項目があります。IBMの経営哲学は世界的にも評価されていますが、そのうちの1つがBCGと呼ばれる「ビジネス・コンダクト・ガイドライン」(企業行動基準)です。
BCGはリスクマネジメントというよりは、会社の中での品質や、コンプライアンス、プロセス、マネジメントのレベルを、全社員が高い意識を持って維持するための取り組みです。全世界のIBM社員は、毎年年初に、BCGへの署名を求められます。仕組みとしてはe-ラーニングで、インターネット上で動画などの30〜40分ほどの教育コンテンツを受講し、問題をすべてクリアした後に「必ず守ることを誓います」という署名を行います。図4は参考ですが、日本だけでなくIBMコーポレーション全体における年次報告書に記載した、IBMを取りまくリスクです。これらは地震やパンデミック対策とは別次元の問題ですが、こういったものを会社として、お客様や株主に公表していくことも、リスクマネジメントの取り組みの1つだと理解してください。オペレーショナル・リスクを幅広くとらえています。


誌面情報 vol48の他の記事
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方