コロナウイルスで認められる変異

鳥類のコロナウイルスであるIBウイルスに変異が起きることは、現象として半世紀以上前からとらえられていました。ただ「変異」という認識は持たれていませんでした。飼育されている鶏群に重篤な呼吸器症状を出している鶏が多発して、IBの発生が疑われた場合、病鶏から原因ウイルスを分離して、そのウイルスがIBウイルスであることを特定することが以前の診断手法でした。

診断のためには、次の方法が用いられました。

写真を拡大図1]10日齢は月鶏卵の断面図

まず、病鶏から肺と気管を摘出し、混合してすりつぶして作成した乳剤を、10日齢発育鶏卵の尿膜腔内に接種して[図1]、37℃で1週間孵卵を続行します。すなわち、鶏胎児にIBウイルスを感染させるのです。

その後、割卵して鶏胎児を取り出し、鶏胎児の発育状況を観察します。胎児の発育が著しく遅滞した場合にIB陽性と診断します[図2]。なお、21日間の孵卵でヒナが産まれます(孵化)。

写真を拡大 [図2]18日齢の鶏胎児
左はIBウイルス接種により発育遅延をきたした胎児。右は正常な胎児

しかし実際には、IBに罹患していてもほとんどの場合鶏胎児の発育に変化は生じません。従って、鶏胎児に変化が生じていなくてもIBウイルスは増殖していると仮定し、この胎児が発育した鶏卵中に存在する尿膜腔液(増殖したウイルスの存在する場所)を採取して、別の10日齢卵に同様に接種します。この操作を3~5回繰り返すことによって、IBウイルス感染鶏胎児の発育の遅延が目視できるまで明確になります[図2]。ここで初めてIBと診断されるのです。

この現象は、IBウイルスを発育鶏卵に何回も継代することにより、ウイルスが鶏胎児に馴化(じゅんか)して胎児の発育に明らかな障害を及ぼすようになったという「変異」が起きたことを証明しているのです。この鶏胎児の発育に変異の起きた発育鶏卵から採取した尿膜腔液をウイルス液として実験に使用します。この尿膜腔液を超低温下で保存します。

実は、この鶏胎児に馴化したIBウイルスを実験的に鶏に感染させても、養鶏場で最初に認められた重篤な臨床症状を鶏に起こすことはありません。鶏に対する病原性は減弱しています。このウイルスを通常IBウイルスとして各種IB実験に使います。

私がIBウイルス研究を始めた1970年代はじめ、IB予防のためのワクチン使用が初めて認可される直前でした。現在では数多くの種類の生ワクチンが世界の養鶏界では広く使われています。

しかし、ワクチン効果は期待されたほど上がっていません。IB生ワクチンを接種しても野外からのIBウイルスの浸襲を阻止することが難しいのです。IBは現在でも制圧が容易ではない大変難しい感染病といわれています。その理由として、このウイルスには多数の血清型があるためと通常説明されています。

筆者は、この理由づけに疑問を持ち、制圧が難しいのは、このウイルスは様々な変異を起こしており、その変異が原因であるのではないかと考えました。その当時、コロナウイルスが変異を起こすことを実験的に証明した報告は世界でなされていませんでした。