2019/09/24
安心、それが最大の敵だ
穏やかな死
昭和38年(1963)3月21日(春の彼岸の日)未明、富士山が見えるところがいいと磐田市河原町の自然の残る高台に建設した自宅で、老衰のため掛かりつけの医師の到着を待たずに静かに息を引きとった。享年84。瞑目した青山の顔は穏やかであった。
青山の晩年の言葉。
「われ川とともに生き、川とともに死す。無能無芸にして、この一義につながる」。
「晴れもあり 雨の日もあり 八〇年 御国へいたる さすらいの旅」
逝去から1カ月後の4月21日、東京・学士会館で内村鑑三門下生と青山家の遺族らが集まり「青山士追悼会」が開かれた。元東大総長南原繁(政治学者、1889~1974)が新興の友を代表して追悼文を読んだ(南原繁『日本の理想』にも掲載)。
「私はこのたび青山さんの親しい友人から聞いて初めて知ったのであるが、その生涯を通じて彼を導いたモットウは
“I wish to leave this world better than I was born.”
(私はこの世を私が生まれて来たときよりも、より良くして残したい)
というのであった。
これこそは、青山さんが一高生徒の頃私淑した内村鑑三先生の『本安録』から学んだ句で、氏が大学に入って土木工学を一生の業として選んだのも、この言葉が決定したのである。われわれの生まれたこの地―洪水が襲い、疫病がはびこるこの大地―を少しでも良くして、後代に残したいというのが、神から示された青山さんの生涯の使命であったのである。宗教的信仰さえもが大きなマス・コミの波に流されている時代に、彼はその一生、おそらく信仰について、一片の文章も書かず、一度の説教も試みることはなかった。ただ黙々と、己が命ぜられた『地の仕事』に、すべてを打ち込んだと言っていい。
だが彼は一介の技師でなかったと同時に、また、いわゆる世のクリスチャンとは異なって、その信仰は地に着いていた。人間的な教養と日本的、東洋的な趣味に豊かで、漢詩や俳句も愛誦した。それは青山家父祖伝来の精神かと思われるが、彼はよくその土台にキリスト教信仰を接ぎ木した人と称してよいであろう」
「青山さんはその名の示すごとく、実に士(さむらい)らしい基督者であった。かれはそれほど祖国日本とその伝統を愛した。だが、それと同時に、いな、それ以上に、人類と正義を愛した」
参考文献:拙書「評伝 技師青山士」(鹿島出版会)、筑波大学附属図書館資料。
(つづく)
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