羽越本線列車転覆事故――12月の気象災害――
列車を転覆させるほどの突風をもたらした気象環境
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2023/12/21
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2005(平成17)年12月25日の夜、山形県内のJR羽越本線砂越(さごし)~北余目(きたあまるめ)間の上り線を走行中の特急「いなほ14号」が脱線・転覆し、乗客5名が死亡、33名が負傷する大事故が発生した。局地的に発生した突風にあおられたことが、事故の原因とされている。
冬季の日本海側の地方では、海上から種々の激しい現象が襲ってくる。その一例が、本連載で2021年12月にとりあげた「余部橋梁列車転落事故」を引き起こした「ポーラーロウ」であり、また2022年12月にとりあげた「JPCZ」である。2021年10月にとりあげた「酒田大火」に関与した強風も、日本海から押し寄せた初冬の疾風と言えるだろう。連載50回目となった今回は、特急列車を転覆させるほどの突風をもたらした気象環境について記述する。
事故現場付近の地図を図1に示す。事故現場は、JR羽越本線の酒田駅から新津方面へ2つめの砂越駅を過ぎ、最上川橋梁を渡ってすぐのところである。
事故当日の2005年12月25日は日曜日で、筆者はクリスマスの夜を公務員宿舎で静かに過ごしていた。気象庁の予報現業班長から筆者の官給携帯(管理職に所持を義務づけられた官支給の携帯電話)に緊急連絡が入ったのは、20時20分である。事故発生を報じるテロップ(字幕スーパー)がテレビ画面に表示されたのが20時15分で、現業班長は直ちに東北地方を担当する仙台管区気象台の予報課に状況を問い合わせた後、直属の上司である筆者に連絡してきた。当時、筆者は気象庁本庁で、予報警報を担当する主任予報官の職にあった。筆者は事態を把握し、天気概況(その時の気象状況を簡潔に説明した資料)を作成するよう指示を与えた。現業班長が作成した資料を表1に示す。
山形県庄内地方では、この月の中旬に大雪が降り、その後も連日降雪があった。事故当日、事故現場に近い酒田市(当時は測候所があった)では、朝から雪が降っていた。事故の1時間あまり前の天気図を図2に示す。北海道の西に低気圧があり、中心から南西にのびる寒冷前線が東北地方の日本海側に迫っていた。酒田で午前9時に30センチメートルだった積雪は、正午に32センチメートルにまで増えたが、その後は寒冷前線の前面で南寄りの風が強まって気温が上昇し、積雪が減り始めた。15時過ぎからは降水が雨に変わり、雷を伴った。酒田測候所における最大瞬間風速は、17時44分に観測された23.6メートル/秒、風向は南南西である。事故発生は19時14分だが、その直前の19時12分には、西南西21.6メートル/秒の瞬間風速が観測された。事故発生時の酒田の天気は雷雨、気温摂氏6度、湿度83パーセント、視程(見通せる水平距離)10キロメートル、積雪28センチメートルであった。
山形地方気象台は、15時24分、山形県庄内地方に暴風雪・波浪警報と雷・なだれ注意報を発表した。事故発生後の21時44分には、大雪注意報と着雪注意報が付加された。
事故発生から時間が経つにつれて、事故の規模が大きいことが分かってきた。現地の山形地方気象台や酒田測候所には、報道機関のほか、警察や、JR東日本安全対策部などから問合せが集中したが、事故原因に関して推測を交えたコメントはせず、観測事実のみを回答した。
酒田測候所における事故当日の気象観測記録を図3に示す。この図は、事故発生時刻(19時14分)を挟む3時間内の気温・海面気圧・風速・風向の経過を表している。19時前に海面気圧がV字形を描き、グラフの線が下に尖っているのが目を引く。このような変化は、何らかの気象じょう乱が通過したことを示す。公式記録によれば、酒田測候所におけるこの日の最低海面気圧は、18時55分に観測された999.5ヘクトパスカルである。風向と風速のグラフを見ると、海面気圧がV字形を描いた時刻と相前後して、風向が南寄りから西寄りに変化し、風速が急増していることが分かる。気温はいったん上昇した後、緩やかに下降している。冬季は陸地面の方が海水面より冷たいので、風向が南寄りから西寄りに変わると一旦は気温が上昇するが、その後大陸起源の寒気が到達して気温が下がっていく。
以上が酒田測候所における気象経過であり、大局的に見れば、18時55分前後の気象要素の急変は、寒冷前線の通過を示すものとみられる。ただし、寒冷前線よりスケールの小さいじょう乱が重畳していた可能性がある。
酒田測候所における気象経過は既述のとおりだが、それは特急列車を転覆させるような気象状態ではない。酒田測候所は事故現場の西北西約7キロメートルの位置にあり、事故現場に比較的近いとはいえ、酒田測候所の気象経過は事故現場の気象とは異なる。事故現場で何が起きていたのかを探る必要がある。この事例では、現場の状況から見て、40メートル/秒以上の暴風が吹いたと推定された。
図4は、図2と同時刻(25日18時)の気象衛星赤外画像である。日本海北部に雲渦がありその北東側の北海道付近に白く輝いた雲域が広がり、低気圧に対応している。赤外画像は雲頂温度の分布を表しており、画像上で白く輝いて見える雲域は雲頂温度が低いことを示し、雲頂が対流圏上部に達する組織化した厚い雲である。朝鮮半島の付け根の部分から東南東~東へのびる雲帯はJPCZ(日本海寒帯気団収束帯)の雲である。そこは大陸から流れ出した寒気が氾濫している領域だが、雲頂高度は対流圏中部どまりで、画像では灰色に見える。JPCZの雲帯の東端部の前縁に見られる、ごつごつとしたこぶのような形の雲の連なりを黄色の三角形で示した。それは大陸から押し寄せる寒気の先端部にあたり、寒冷前線に相当する。この雲の連なりは積乱雲列であり、雲頂は部分的に高度6~8キロメートルに達していた。まさにこの積乱雲列が、この後山形県庄内地方にさしかかろうとしていた。
図5に、10分ごとのレーダー画像を示す。降水強度がカラースケールで示されている。南西~北東の走向に連なる降水強度の強い帯状の領域が見られ、全体として東進している。これが積乱雲列に対応する。降水強度の最大は80ミリメートル/時に達しており、その場所ではおそらく雹を伴っていたと考えられる。赤色の十字マークは事故現場の位置を示す。19時10分から20分にかけて、降水強度の極大域が事故現場付近を通過しているのが分かる。
このように、寒冷前線が庄内地方にさしかかった時、積乱雲列が形成され、その中でも特に発達した部分が事故現場付近を通過した。このことから、事故現場付近では発達した積乱雲に伴って、酒田測候所で観測されたよりも激しい現象が生起したとしてもおかしくない。実際、特急列車を転覆させるような暴風は、発達した積乱雲に起因する竜巻あるいはダウンバーストと呼ばれる現象以外には考えにくい。今回は、そのような激しい現象をもたらす可能性のある積乱雲が実際に現れ、事故発生時刻の前後に事故現場付近を通過したことが図5から確認された。
図6に、アメダスの風分布を示す。この図では、風向が南寄りの領域が淡褐色で、西寄りの領域が水色で、それぞれハッチされている。淡褐色の領域と水色の領域に挟まれた境界ゾーンは風向の境界線であり、それを青い太線で記入した。この図を見ると、南西~北東走向の風向境界線が東進し、酒田(測候所)を19時頃に通過したことが分かる。そして、酒田測候所の東南東約7キロメートルに位置する事故現場では、酒田測候所より少し遅れて、19時20分頃に通過したことが知られる。このような風向境界線を、気象学ではシアーラインと呼ぶが、このシアーラインこそ、寒冷前線の表れにほかならない。
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