無理やり事業継続しようとするともはや時空を超えるしかない?(イメージ:写真AC)

BCPは策定したものの「果たしてこれでいいの?」と思っている担当者の方は多いのではないでしょうか。そうした問題意識に応えるため、本連載ではざんねんなBCPが生まれる原因と対処を考えます。第1章として「リソース制約と事業継続戦略の検討・見直し」のなかに潜む「あるある」を論じていますが、今回は「時空を超えるBCP」を取り上げます。

第1章 リソース制約と事業継続戦略の検討・見直しの「あるある」

(1)建物、施設・設備の制約

・時空を超えるBCPその1
 データセンター内に架空の空間が突如誕生(IT系大手・事業部門)

以下は、大手のIT企業で主に顧客システムの保守を担当する事業部門のBCPご担当者様との会話です。

「代替拠点に移動するとありますが、代替拠点ってどこですか?」

担当者「当社が借りているデータセンターの執務室になります。当社から何とか歩いて行ける場所にあります」

「移動の可否はさておき、データセンターの執務室を借りているのであれば、使わなくても費用が発生するので固定費が上がりますね」

担当者「実は…」

聞いてみると、まだデータセンターとは何も契約を行っていないどころか、執務室と呼べるような設備は存在していないとのことでした。

BCP策定の期限に追われ、苦し紛れに考えて、そのままになっているそうですが、策定にあたって内部のレビューが十分に行われていないか、残課題の整理や課題解決への取り組みが不十分であることが考えられます。訓練が行われていたとしても、サッと読み合わせする程度で、課題は残ったまま放置されているということなのでしょう。

さまざまな問題のあるBCPではありますが、建物・設備のリソース制約として「現在のオフィスは使えなくなる」と判断した場合、代替拠点を使用するという代替戦略を採用していることは評価できるポイントだと考えます。

さて、「現在のオフィスは使えなくなる」かどうかを想定する場合に、建物が「新耐震基準」であることが判断基準になっているケースがよく見られます。新耐震基準であれば「建物の被害なし(または軽微)で業務継続可能」と想定しているのです。

新耐震基準で業務継続を担保できるわけではない(イメージ:写真AC)

しかし「新耐震基準」であることで業務の継続を担保できるわけではありません。新耐震基準で設計された建物は、建物の構造が一定の地震動に耐えられるように設計されているというだけで、構造以外の部分に業務の継続を阻害する要素が多いことに注意すべきでしょう。

たとえば、火災が発生する危険があるだけではなく、スプリンクラーが稼働してオフィス内が水びたしになり書類や情報機器が使えなくなる、天井材が損壊して落下してくる、その際に割れた蛍光灯から出た粉末が情報機器に影響を及ぼす、水道管が損壊して上の階から水が流れてくる、停電やポンプそのものが損壊することで貯水タンクに水揚げができずトイレの水が流せない、エレベータが長時間停止したままでオフィス階への移動が困難を極める、受電設備が損壊したり浸水の影響を受けてしまいビル内が長期にわたり停電する(自家発電装置が起動しても非常灯とごく一部の照明に使われるのみであることがほとんど)、といった事態です。

非構造部材や家具、設備の被害でもオフィスは使えない(イメージ:写真AC)

また、エアコンが動かず窓も開けられない建物であれば、夏は室内がサウナのような状態になり、中にいる人が熱中症になってしまう可能性もあります。固定されていない複合機などの機器がオフィスを駆けまわってデスクや倒れたキャビネットとぶつかり業務どころではない可能性もあります。案内に従って外部に避難した後は、安全が確認できるまではビルへの入館ができないことも十分想定されます(災害の規模が大きければ大きいほど、安全が確認されるには時間を要します)。

下図のように「新耐震基準」にも幅があり、建物がどの程度の地震の大きさを想定した耐震性能を備えているかには差があります。きっぱりと「新耐震基準のビルだから業務継続は可能」と想定してしまうのは危険であることがおわかりいただけると思います。むしろ、安全に避難できる程度とみなす必要もあるかもしれません。

●地震の大きさと建物の状態の関係(概念図)

画像を拡大  出典:JSCA性能設計【耐震性能編】パンフレット2018年3月