2020/04/20
危機管理担当者として学ぶべき新型コロナウイルス感染症対策
「みんなでいれば怖くない」
もう一つ代表的なバイアスに「集団同調性バイアス」というのがある。2014年に韓国で発生したセウォル号沈没事故(乗員・乗客の死者299人、行方不明者5人、捜索作業員の死者8人)が発生した時の映像を記憶している方も多いと思うが、あのような危機的状況の最中、修学旅行中の学生たちは映像の中でみんなで愉快にふざけ合っていた。
これはもう一つ人間が持つ厄介な心のメカニズムで「みんなでいれば怖くない」という科学的根拠のない心理状態だ。人は集団では無意識にけん制し合い、他人と違う行動が取れなくなり、安心感から、逃げるなどの行動のタイミングが遅れたり、多数派同調バイアスともいわれる多数意見が正しいという状況に支配された状態になる。緊急事態宣言が発令された翌日も、報道ではいつも通り通勤で混雑している交通機関の映像が流れていた。
「専門家の意見をうのみ」も危険
他にも「エキスパート・エラー」と呼ばれている、目の前のリアルな状況より専門家の意見や指示をうのみにしてしまうことにより招いた最悪の結果という心のメカニズムも存在する。
例を挙げるとすれば、1980年に発生した川治プリンスホテル火災だ。川治プリンスホテルでは、当時大浴場と女子浴場の間にあった露天風呂の解体工事の際、作業に使っていたガスバーナーの火花が浴場棟に燃え移り火災報知器のベルが鳴ったが、従業員は確認もせず、「これはテストですからご安心ください」という館内放送を流した。結果、宿泊客や従業員ら合計45名の死者を出してしまった。当時宿泊していた客は、館内放送という「エキスパート」の情報をうのみにしてしまったということである(アナウンスをした従業員は決して専門家という訳ではないが、宿泊客は館内放送を“エキスパート”として認識してしまったという意)。
今回の新型コロナウイルス騒動でいうと、当初医療関係者が「これは軽い風邪みたいなもんだよ」と言っていたのも典型的なエキスパートエラーと言える。また某国の大統領は「私のアスリート経験から言うと、もし新型コロナウイルスに感染しても心配無用だ。何も気が付かないか悪くなっても、ちょっとしたインフルエンザ風邪の程度だろう」と発言したことが大きな問題になっていることはご存じだと思う。特に、専門家や政治家など発言力のある人たちは、人命に関わるエキスパートエラーを招くような発言にはくれぐれも気を付けてほしいと思うが、それと同時に、そのような発言をうのみにしてしまわぬよう、自分自身に対する防衛的な思考(マインドセット)を持つことが重要だ。
これらの例からもご理解いただけるように、各種バイアスの影響で人間はなかなか心の非常スイッチが入らない状態に陥りやすいという性質を持っているということだ。このため、それらを克服するためにはどうすればよいかということを考えることが重要である。そのためには、まず
2. 勇気を出して率先行動をとること(危機事態におけるリーダーシップ)
が重要だと考える。
(※危機事態におけるリーダーシップについては、本シリーズの中でも解説する予定)
さて、話を今回の新型コロナウイルス感染症に戻そう。前回の連載では“B”災害の指標と兆候は2020年1月ごろから出現していたという話をしたが、その時点でもしかしたらわれわれ国民も、企業の経営者たちも、自治体も、国も上記に述べたような「バイアス」に陥っていたのではないだろうか。
新型コロナウイルス感染症対策本部が官邸に設置されたのは、国内で第一例目の患者が確認できてから15日経った令和2年1月30日だった。この原稿を書いている今日(令和2年4月17日)、現在だけでも東京都で過去最多201人の感染が新たに確認された。
各種のバイアスは、初動対応の遅れを招くやっかいな心のメカニズムだということを、再度強く認識しなければならない。
次回は特殊災害(CBRNE災害)が発生した際の初動対応と、マネジメント体制について解説する。
危機管理担当者として学ぶべき新型コロナウイルス感染症対策の他の記事
- クラスターを最小限に抑えるゾーニング・マネジメント
- 個人用保護具(PPE)は武器である
- パンデミックの被害を最小限に留める
- 心の非常スイッチをONにせよ
- 検証し、将来に備えろ
おすすめ記事
-
-
備蓄燃料のシェアリングサービスを本格化
飲料水や食料は備蓄が進み、災害時に比較的早く支援の手が入るようになりました。しかし電気はどうでしょうか。特に中堅・中小企業はコストや場所の制約から、非常用電源・燃料の備蓄が難しい状況にあります。防災・BCPトータル支援のレジリエンスラボは2025年度、非常用発電機の燃料を企業間で補い合う備蓄シェアリングサービスを本格化します。
2025/04/27
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方