日本と欧米企業の差は「保険の活用」

しかし、このような海外子会社の不祥事をカバーする保険に加入しておけば、仮に不祥事が発生してもその損失がそのまま本社の財務諸表に影響を与えることを避け、経営責任の問題を避けることは可能となります。その間、海外子会社の管理体制を見直し、強化する機会を確保できるのです。

多くの欧米企業は、社員の不祥事や外部犯罪の被害を補償するCrime Insurance(犯罪被害補償保険)に加入しています。日本ではこの保険の存在すらご存じない企業が多数派ではないでしょうか。

経営がリスクを取るためのツールとしての保険活用の差が、日本と欧米の間にあることの一例です。

世界各国の保険を本社で一括して管理することは、ビジネス本来の活動に近い問題でも有意義です。子会社の自主性を重んじ、事業運営の多くを子会社の判断に任せている日本企業は多いでしょう。しかしながら、リスク管理は本社がしっかり管理すべき事項だと言えます。経営者にとって重要な責務の一つである、ガバナンスに直結するからです。

日本においても近年会社法が見直され、子会社を含めたグループ全体のガバナンスが親会社役員の責任であることが明示されました。子会社の不祥事や事故がグループ全体に与える損害として、親会社役員がその責任を法的に問われる状況となっています。保険手配も子会社任せにせずに、親会社できちんと手配、管理するべきなのです。

海外子会社がそれぞれ保険手配している場合には、ガバナンスだけではなく別の問題もあり得ます。

日本では調達可能な保険が、国によっては調達できないことがあります。もちろん、その逆もありますが。これは保険事業が多くの国において許認可事業であり、国ごとに事情が異なることに他なりません。その場合、グループ全体でリスク管理をしているつもりでも補償の穴ができてしまいます。

さらに、コストとしての保険料の問題もあります。3カ国で事業をしている企業がそれぞれ別々に10億円の補償の賠償保険に加入しているとしましょう。3カ国で同時に事故が起こる可能性は極めて低いのですが、それぞれ10億円のリスクはあると見込んでいます。その場合、本社一括で10億円の補償の保険に加入して補償対象を3カ国にすることにより、保険料の圧縮を図ることができます。

日本企業では海外の企業を買収した際に、そこにリスクマネージャーがいてグローバルなガバナンスのツールとして機能しているのを知って、わざわざ放棄してしまうよりも試しに使ってみよう、という発想で導入している例もあります。ただし陥りやすい問題点は、買収した企業のリスクマネージャーを本社が管理せず、治外法権化してしまうこと。この点に注意が必要です。海外は海外、日本は日本として完全に分離され、ガバナンスが全くきかない状況になってしまいます。

グループ全体の保険手配でリスクの把握を

親会社が海外子会社を含むグループ全体の保険手配をすることは、リスクマネジメントとガバナンスの観点から非常に有意義で、欧米のグローバル企業ではごく普通に行われている手法です。グローバルプログラム、インターナショナルプログラム、マルチナショナルプログラム、GIP(Global Insurance Program)など呼び方はいくつかありますが、全て同じコンセプトのものです。

グローバルプログラムを導入することにより、海外子会社のリスク実態を把握すること、グループ全体で均一の補償内容と補償限度額の保険を手配することができます。国や子会社による加入漏れや重複も避けられ、ガバナンスの強化につながるでしょう。

次回は、グローバルプログラムについて説明します。

 

本連載執筆担当:ウイリス・タワーズワトソン 関西支店長 兼 グローバルプラクティス ディレクター 大谷和久