2020/01/06
気象予報の観点から見た防災のポイント
最低気圧の極値
わが国では、気圧の低い記録、すなわち最低気圧の極値は、台風によって観測されることが多い。例えば、東京(気象庁)における最低気圧の極値は952.7ヘクトパスカルで、それは1917(大正6)年10月1日、関東地方を襲った台風によって記録されている。山梨県から東北地方南部にかけて、この台風によって記録された最低気圧が、その後100年以上にわたってその地点の極値となっているところがいくつかある。
図2に、各地の最低気圧の極値が何によって記録されているかを示した。小円形の記号は、最低気圧の極値が台風によって記録されている地点を表す。名古屋における最低気圧の極値は1959(昭和34)年の伊勢湾台風によるものであり、大阪では1961(昭和36)年の第2室戸台風によって記録されている。福岡では1991(平成3)年の通称「りんご台風」によって記録された。広島では、1945(昭和20)年9月、被爆のわずか1カ月後に来襲した枕崎台風によって最低気圧の極値が記録されたのだが、その様子は柳田邦男のノンフィクション『空白の天気図』に描写されている。昨年、各地に大きな被害をもたらした台風第19号では、静岡県の網代(あじろ=熱海市)と三島(三島市)で最低気圧の極値が更新された。図2ではスペースの関係で割愛したが、南西諸島でも全ての地点で、台風によって最低気圧の極値が記録されている。
このように、関東地方から西の各地は、全て台風によって最低気圧の極値が記録されているのだが、北日本は様子が異なる。図2において、北日本の大部分の地点はダイヤモンド形(◇)の記号になっており、温帯低気圧によって最低気圧の極値を記録している地点が多いことが分かる。中でも、東北地方は「昭和45年1月低気圧」による地点が多い。このほか、温帯低気圧によるものとしては、北海道で、1954(昭和29)年5月のメイストームによって最低気圧の極値を記録している地点が、いくつかまとまっている。北日本にとって、温帯低気圧は台風と同じぐらいに脅威となり得る。
最接近後も気圧が下がった
24時間で32ヘクトパスカルや、40ヘクトパスカルといった気圧降下量は、低気圧の中心気圧に着目したものだが、低気圧に襲われた場所で気圧がどのように変化したかを示したのが図3である。この図は、低気圧の経路に沿って、気圧のデータがある8つの観測点(種子島、室戸岬、名古屋、前橋、仙台、八戸、浦河、釧路)を選び、それぞれの地点における30日0時から2日0時までの3日間の3時間ごとの気圧を折れ線グラフにしたものである。八戸では、31日15時までの24時間気圧降下量が49.3ヘクトパスカルに達した。これは、八戸上空の空気の質量が、24時間に約5%減少したことを意味する。
図3を見てお分かりのように、「昭和45年1月低気圧」に伴って観測された気圧変化は、各地点とも、気圧の下がり方のほうが、気圧の上がり方よりも急である。低気圧の接近に伴う気圧の下がり方は急激で、名古屋、前橋、八戸では3時間の気圧降下量が10ヘクトパスカルを超えた時間帯がある。これほどの気圧降下は、台風以外ではなかなか観測されない。
低気圧が中心の周りに対称形を成し、強さと移動速度が一定であれば、低気圧の通過に伴う気圧の変化グラフは、中心の最接近時刻を境に対称形になるはずである。しかし、図3のグラフはそのような形をしていない。図3では、各地点において、低気圧の中心が最接近した時刻を、折れ線グラフと同色の上向き矢印で示した。面白いことに、種子島、室戸岬、前橋、仙台では、最接近が過ぎた後も、なお数時間は気圧が上昇せず、緩やかに下がり続けた。つまり、低気圧の中心が遠ざかりつつある段階でも気圧が下がったのである。
どうしてこのようなことが起きるかというと、低気圧の発達があまりにも急激だからである。低気圧の中心は遠ざかりつつあるが、中心気圧がどんどん低くなるため、低気圧の後面(進行方向の後ろ側)でも気圧が下がる。つまり、低気圧の発達による気圧降下が、低気圧が遠ざかることによる気圧上昇をしのいでいたのである。
低気圧の通過に伴って、気圧が図3のように変化(急下降・緩上昇)するとき、風の吹き方はどうなるか。そのような場合は、低気圧の前面(進行方向の前方)にあるときの方が、後面にあるときより、風が強くなるのが普通である。冒頭に述べた福島県いわき市の小名浜港での貨物船沈没事故では、31日3時ごろ、強風と高波によりアンカーの鎖が切れ、船体が防波堤に衝突して沈没したが、それは低気圧の前面での、南南東の強風下のことであった。旧・小名浜測候所の観測によれば、このとき、低気圧前面での南東風のほうが、後面の西風より明らかに強かった。ただし、風は地形の影響を受けやすいので、これと異なる吹き方をする場合もある。
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