利用者の安全確保に向け官民連携 
しかし、1つ検討課題があるという。「東京メトロとしては、洪水などが発生する恐れがある場合、お客様を外に誘導し、止水設備を閉じるなどの必要な措置に入る。そのため、例えば台風や豪雨の場合でもお客様に外に出てもらわなければいけない」(木暮氏)。 

その時に駅として案内できるのは、自治体が出しているハザードマップに記載されている避難場所などだが、避難所が駅から遠い場合もある。避難所への案内ができない場合は「3階以上の建物に上ってください」などの案内しかできなくなるという。 

木暮氏は、「一般の利用者に『地下鉄は水害対策を行っている』という話をすると、『地下のほうが安全』と勘違いされてしまう場合があるが、実際に地下では災害時に何が発生するか分からないので、まずお客様には外に避難してもらうしかない。このような問題の解決策の1つとして期待されるのが、行政、自治体、民間企業が連携して作るタイムラインの策定だ」とする。(タイムラインについては時系列の対応検証参照)

荒川下流域でタイムライン策定検討 
今年8月末、国土交通省関東地方整備局の荒川下流域事務所が主体となり、「荒川下流域を対象としたタイムライン検討会」を設置した。タイムラインに詳しいCeMI環境・防災研究所副所長の松尾一郎氏が座長を務め(松尾氏のインタビュー)、メンバーに東京都、北区、板橋区、足立区などの荒川下流の自治体と、東京メトロ、東日本、JR東京電力、NTT東日本などのライフライン企業、そして警察、消防などが顔をそろえた。 

初回の検討会で北区区長の花川與惣太氏は、「この検討会は、自治体の枠を超えた広域的な避難のあり方について議論を深める貴重な機会と捉えており、荒川下流域の関係機関が、連携を強固なものとし、災害時に適切な対応が取れるタイムラインが策定されることを期待している」とコメントした。「自治体の枠を超えた広域避難」とはすなわち「住民の区外への脱出」を意味する。広域避難の実現には、東京メトロなどの鉄道を含めた公共交通機関の運行が必要不可欠になる。木暮氏は、官民が連携したタイムラインの作成に当たり、鉄道が広域避難を実現するためにどこまで運転を継続できるのかが議論の中心の1つになっていくだろうと予想する。台風などにより強風が伴う場合には、運行が困難という課題もある。 

「(ハリケーン・サンディ時のように)タイムラインによって36時間ほど前から行政が(避難を)打ち出してくれると、東京メトロもさまざまな対策がとりやすい」と木暮氏は話す。

東日本大震災時のメトロの対応

水害に限らず、東京メトロなど公共交通機関の復旧は、都市機能の維持・回復には不可欠だ。

「東京メトロ含め、公共交通機関の運行が止まると、帰宅困難者が多数発生する。災害時には鉄道の早期復旧が即、帰宅困難者対策につながる」(木暮氏)。 

東日本大震災時には、14時46分に発生した地震から、およそ6時間後の20時40分には1部で運行を再開し
た。地震の直前、気象庁から発信される緊急地震速報を活用した「早期地震警戒システム」が警報を発令し、速やかに全線の運行を休止。当時200本弱の電車が走っており、半分が駅と駅の間で停車したという。乗務員が利用者や列車などの安全を確認した後、時速5km以下の徐行運転を開始し、次の到着駅で乗客を降ろした。 

全ての乗客が電車を降りたのは、震災発生から40分後だったという。その後、施設を点検するためトンネルの中に係員を送り込み、全ての路線を歩いて安全点検。一通り安全を確認したら、次は駅で止まっている列車を先行列車のいた駅まで徐行で走らせることで、全線の安全を確認したという。 

他の鉄道事業者との調整も難航した。外に大量の帰宅困難者が滞留している場合、ある鉄道業者だけが先行して運行を開始すると特定の駅に人が集中し、パニックを誘発する恐れがある。当時は銀座線の復旧が一番早かったが、都営地下鉄線では大江戸線の復旧が早かった。少しでも連携の形態をとって運行を開始しようと両社局で話し合い、20時40分に銀座線と大江戸線の1部が運行を開始。順次ほかの鉄道会社と連絡を取り合い、営業路線を拡大していったという。しかし、その後もホームが乗客でいっぱいになるなど危険な状態も発生したため、再開してからも運転見合わせと再開を繰り返した。 

首都全体が浸水するような大雨が降った場合、似たような事態に陥ることも考えられる。被害を軽減させるためには、行政や関連企業との連携に加え、乗客である市民の理解と協力が欠かすことができないだろう。