2019/06/03
もしも社内で不祥事が起きたら
4.プライバシーの権利の性質と定期的警告の必要性について
プライバシーは権利ですが、所有権等の財産権とは異なり、主観的権利です。換言すると、個々の人が内心で持っている「期待」、つまり「見られない期待」「覗かれない期待」といったものを保護する権利です。メールを例にあげると、 「私用のメールなのだから他の人は見るはずがない」という期待です。所有権と違って、こうした主観的権利としての期待は、無定形で、時には期待が限りなくゼロとなり、あるいは、時には、大きく膨らむものです。
例を挙げるならば、新入社員が会社に入社する際、人事部門から「この会社では私用メールは禁止です。就業規則にも規程があります」などといった説明を受けた場合でも、「多くの社員は私用で電子メールを使っている。禁止は建前だけだ。会社も閲覧している様子はない」と考えて電子メール利用の際のプライバシーの期待が再び大きく膨らむこともあるのです。このことは、会社の就業規則で私用での電子メール使用が禁止されていたとしても同じです。会社が実際には黙認しているとの主張、民事訴訟であれば抗弁として出てくる黙示の承諾という主張につながるので注意が必要です。
こうして、事前モニタリングとしての電子メールの閲覧を、個々人の事情に関わりなく合法化するためには、継続的な警告ないし告知が必要になってきます。例えば、1カ月に一度、電子メールが閲覧されていることの事前告知を行います。それによって、社員が有するプライバシーの「期待」をしぼませていくことが必要です。
5.事前モニタリングにおけるサンプリングの注意点
「公平性」の原理
以上述べたように、事前モニタリングとしての電子メール閲覧を実施する際に普段から心がけておくべきこととして、事前告知の必要性を挙げました。そして、実際に、事前モニタリングとしての電子メール閲覧を実施する際、全社員の電子メールを全てモニタリングするのは事実上不可能で、不経済でもあるので、サンプリングによることとなりますが、サンプリングに当たっては次のことに注意が必要です。
事前モニタリングとしての電子メール閲覧解析は、何ら不正を前提としない監視であって、社内不正の予防効果・抑止効果を狙ったものです。そうした監視が恣意的になされ、例えば、何ら不正を行ったとの根拠がないのに特定のA社員の電子メールだけを取り上げて閲覧・解析することは許されません。A社員としては「電子メールは会社にみられることがないという期待」それ自体は、事前告知によって存在しないとしても、「自分だけの電子メールが根拠なく閲覧・解析されることはない」との期待は有しているのであって、かつ、そのような期待は合理的で保護に値するからです。そこで、重要な原理として理解しなければならないことは「公平性」という原理です。サンプリング方法にも恣意が入ってはならず、特定の人間のメールだけを探索するというのは従業員のプライバシー侵害の問題が生じるのです。
6.私用電子メールの「大量性」について
F社Z事業部事件
判例にも、電子メールの傍受とプライバシー侵害について判断したものがいくつかありますが、いずれの判例も、電子メールを閲覧する必要性と、電子メールを利用することによるプライバシーの侵害のいずれを重視するかを比較衡量の上、最終的に結論を下しています。
例えば、F社Z事業部事件(東京地判平13.12.3) では、部下の受信メールを上司が本人に無断で監視した事例において、裁判所は、会社にメール禁止規定がなくても、私用電話と同様、会社の業務に支障がなく、その程度が軽いような場合には私用メールも許されるとした上で、当該関係者の送受信メール数が膨大であったところからプライバシー侵害は認定しませんでした。
この事案から学ぶことは、電子メール送受信の「大量性」という要素の重要性です。当該会社では、私用メール禁止規定も存在せず、事前告知も行わず、上司による特定従業員の電子メール監視と言う点では公平性にも疑問のある事案です。それにも関わらず、プライバシー侵害を認めなかったのは、私用メールが終業時間中に大量に送受信されていたという事実があったからです。
7.事後モニタリングとしての電子メール閲覧
日経クイック情報事件
上記の事前モニタリングと区別するのは、社内調査としての事後モニタリングです。事前モニタリングにあっては、それが特定の不正の存在を前提としないが故に、事前告知、公平性が必要でしたが、具体的な不正が発生し、その嫌疑が存在した場合に、社内調査の一環として行われる事後モニタリングにあっては、公平性という配慮は不要です。嫌疑者や関係者等の調査対象者が絞られているからです。また、改めて事前告知することも不要です。事前告知することによって、罪証隠滅が図られ、調査妨害が行われる蓋然性が高いからです。
この事後モニタリングとしての電子メール調査を扱った判例が日経クイック情報事件(東京地判平14.2.26)です。同事件では、社内において電子メールの成り済まし利用によって誹謗中傷メールを繰り返し送信したという企業秩序違反行為に関する事例であって、既発生の社内不正に関する社内調査の一環として電子メール解析が行われました。その結果、ログ情報などの解析結果から特定の社員が「犯人」であると合理的に疑われる状況となり、会社は当該社員を電子メールの不正利用を理由に譴責処分としましたが、本人は否認し、会社が自分の私用メールをモニタリングしたのはプライバシー違反だとして訴訟を提起しました。裁判所は、当該社員が誹謗中傷メールを送信したと合理的に疑われると認定して、この電子メールモニタリングを合法としたのです。この事例では会社が当該社員に電子メールを閲覧する旨の事前告知をしなかったにもかかわらず、合法とされました。それは、特定の不正の存在、特定の嫌疑者の存在を前提に行われる事後モニタリングとしての電子メール調査の特殊性に配慮したからに他なりません。
8.私用電子メールと懲戒処分
判例の傾向について
電子メールを閲覧することによって得た事実に基づき懲戒処分を下すことについても十分な注意が必要です。懲戒に処したことにより逆に対象となる 従業員から提訴されるリスクがあるからです。私用メールのみを理由に当該従業員を解雇した事例を扱った判例はいくつもありますが、いずれの場合も個々の事情を勘案してその解雇が有効か無効かを判断しています。
K工業技術専門学校事件(福岡高裁平17.9.14) では、教職員が勤務時間の内外を問わず、業務上パソコンとメールを用いてインターネット上の出会い系サイトに投稿していたという事例で、そうした行為の教職員にあるまじき破廉恥さと相まって、懲戒解雇を有効しました。 グレイワールドワイド事件(東京地判平 15.9.22) では、終業時間中に私用メールを行ったことを理由に解雇されたことが争われた事案で、就業規則等で私用メール禁止の明確な定めがなく、かつ、1日あたり2通程度と、職務遂行の支障にもならなかったとして、懲戒解雇を無効としました。 日経クイック情報事件( 東京地判平14.2.26)は既に述べたように、譴責処分を有効としました。全国建設工事業国民健康保険組合北海道東支部事件(札幌地裁平 17.5.26)では、団体職員が当該団体の備品であるパソコンを使用して私用メールを職員間で行っていたことを理由に懲戒解雇とした処分の有効性が問題となった事例で、物品の私用を禁じた職員服務規程違反とはなりますが、当時、パソコンの取扱い規則等が定められていなかったことを理由に、懲戒処分は重きに失するとして無効とされました。
以上のような判例の傾向を見ると、私用メールのみを理由に懲戒解雇することは重すぎるという判断がある一方で、勤務時間中の大量送信や電子メールの破廉恥目的の利用といった個々の事情によっては 懲戒解雇もやむを得ないとされる場合があることに注意すべきです。
9.まとめ
以上解説したように、電子メールの閲覧・解析といった手法は常に対象となる従業員のプライバシーとの関係で問題になりえます。したがって、そのような調査を実際に遂行する前に、私用メールを禁止する取扱規程を完備したり、事前告知を行うように徹底したりする社内のコンプライアンス制度を確立しておくことが重要です。
弁護士法人中村国際刑事法律事務所
https://www.t-nakamura-law.com/
(了)
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