2020/02/03
気象予報の観点から見た防災のポイント
「春一番」の由来
この言葉は、江戸時代に長崎県壱岐地方の漁師たちが、船を転覆させる春先の強い南風を警戒して使い始めたとされるが、異説もある。この言葉が広く使われるようになったのは1960年頃であるから、比較的最近になって普及したと言える。事典類には、「立春から春分までの間に、日本海に低気圧が現れて吹く南風」などといった記述がみられ、風速の基準を示しているものもあるが、それは春一番の統計をとるために、気象庁が便宜上設けた定義である。季節のさきがけ、または先陣を切るといった意味合いからこの呼び名になったと考えられるものの、この語に順番を数える意識は希薄であり、春二番、春三番…といった用法はまず見られない。
なぜ南風を警戒するか
風の被害を考えるとき、南風だけが怖いということはないはずだ。風速が大きければ、北風や、そのほかの風向の風でも、被害を受ける可能性がある。しかるに、「春一番」の南風を警戒するのにはワケがある。それは、「春一番」が、季節外れの南風、それも激しい風だからである。
日本は季節風現象が明瞭で、春~夏は南風、秋~冬は北風が卓越する。気圧配置の種類に「夏型」、「冬型」といった季節名がそのまま名称となったものがある(図1)が、それらは季節風を吹かせる気圧配置で、その季節らしさを演出する。
冬には冬型の気圧配置により、冬の季節風が寒気を日本列島に送り込むのが普通の状態である。時には季節風が強まり、暴風雪と寒波が日本列島を襲うこともある。
そうした中で、冬の常識をくつがえし、季節外れのトンデモナイ状態になるのが「春一番」にほかならない。冬型の気圧配置は完全に崩れ、冬の季節風とは真逆の風それも激しい風が吹く。当然ながら、気温も季節外れの高温になる。雪ではなく、雨が降る。それまで冬の季節風に対峙していた社会は、突如として春型の災害現象にさらされることになる。こうした情勢の変化に追随できないと、社会は被害を受けることになる。
日本海低気圧
強い南風をもたらすものは低気圧にほかならないのだが、低気圧に伴って強い南風が吹くためには、低気圧がその地点の北方で発達する必要がある。風は高気圧から低気圧に向かって吹くからだ。低気圧が発達するといっても、低気圧がその地点の南側を通るのと、北側を通るのとでは大きな違いがある。南側を通ったのでは、強い南風は吹かない。
西日本や東日本の各地において、強い南風が吹く条件が整うのは、低気圧が日本海で発達するときである。このとき、日本海の低気圧に向かって、南から暖気が吹き込む。「日本海で低気圧が発達すること」を「春一番」の定義に掲げている書物が多いが、それは定義というより、南風が吹くことの状況説明を述べていると考えられる。
「春一番」が季節外れの南風であるならば、低気圧が日本海で発達することも季節外れと言えるだろうか。その答えは「YES」である。低気圧が発生・発達する場所は、気まぐれに決まるのではない。地球をめぐる偏西風がうねりながら流れる中で、温度の水平勾配の大きい場所(これを傾圧帯という)に低気圧が発生し、傾圧帯の上を進みながら低気圧は発達する。通常、その傾圧帯は、真冬の時期には日本列島の南側にまで南下している。しかし、春先に、偏西風の流れの揺らぎによって傾圧帯が一時的に北上し、日本海に傾圧帯が形成されることがある。低気圧が日本海を進んで発達するのはそのようなときである。季節外れの日本海低気圧が、西日本や東日本に、季節外れの南風すなわち「春一番」をもたらす。
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