初期消火の大問題

消火器を設置する、消火器を増量するなど、当然ながら「消火器での消火」が前提とされています。完成前の工事現場では、火災感知装置、消火装置(スプリンクラー・消火栓)、排煙装置はありませんし、設置されていたとしても作動せず、水も出ません。

しかしながら、天井・壁・床が施工されている工事現場は密閉空間に近い環境です。仮設の照明がコードリールで配線されていても、火災になれば電線が焼け、明かりは遮断されて真っ暗闇です。この空間で、はたして消火器で消火可能でしょうか。

前回のコラムでも記しましたが、ウレタンのような可燃物は火種が入ってもすぐには燃え上がらず、内部である程度溶けだします。このときには煙も炎も上がりません。不完全燃焼によって先にCO(一酸化炭素)などが出始め、火炎と黒煙が上がり始めると一気に爆発的燃焼に進みます。そして瞬く間に煙が充満します。

消火器で初期消火をするには、この煙の中に入り、出火点の近くで消火器を放射しなければなりません。そして消火器では、火は本当に消えないのです。また、人は煙を吸った瞬間に呼吸ができなくなります。

スモークブロック 初期消火訓練(出典:YouTube)

「この煙の中に突入して出火点に近づき初期消火せよ」というのは「死んでこい」と言っているに等しいのです。プロの消防士ですら、空気呼吸器を背負い呼吸の保護をしなければ火災現場には出場しません。

この現実を教示しなければ何度でも同じ被害が出ます(すでに3回同じことが繰り返されています)。先の通知などを再度確認してください。この煙の怖さの教示が完全に抜け落ちています。この通知や資料を作成した方は、火災の煙を一度も吸ったことがないのではと思います。

日本の防災教育は、「火災を出さないように」の教育です。それでも火災は起こります。必ず起こります。放火するばかどももおります。ですから、「火災が発生したらどうするのか」「何を準備しておくべきか」を具体的に教育・啓蒙し、装備・訓練を実践する必要があります。これは一般企業・学校・病院・マンション・戸建て住宅すべてに共通します。特に企業団体は、消防法により自衛消防隊組織の設置が義務づけられ、任命された人は火災の初期消火をするように指示されます。つまり、一番最初に火煙に対応するのは、普通の人々である自衛消防隊です。

繰り返しになりますが、「消火器で消火せよ!」イコール「煙の中へ入って死ね」なのです。初期消火を行うということは煙を吸うリスクがあり、状況によっては煙に巻かれるのです。呼吸保護具なしで対応せよというのは、安全配慮義務を履行していないことになります(民事訴訟で安全配慮義務違反を問われた場合、敗訴して多大な損失を被る可能性があります)。

したがって現状では、工事現場の作業員の皆さんには、的確な教示・訓練・装備がなされていないのです。そして犠牲になるのはいつも下請け・孫請けの現場の作業員です。避難の際も煙に襲われます。レスキュー隊が救助してもすでに息絶えているのです。

お父さんの仕事はなんでしょう。家族の待つ家に無事に帰ることです。会社が作業員の皆さんに仕事を指示するということは、作業員の皆さんを無事に家に帰すところまでが含まれます。

同じ犠牲がなくなりますように。

(了)