2024/11/24
ソーシャルリスクの新展開とリスク管理の進化
大きな社会的変化
社会課題をいかに解決してゆくか、といった問題はわれわれが過去から継続的に取り組んできた根本な問題といえる。これまでも社会の中で様々な革新的な考え方が登場し現実に試行され、紆余曲折を経て最終的に社会に広く受け入れられる形で大きな社会変革を実現してきた。
社会学者であるエヴェリット・ロジャースが1962年の『Diffusion of Innovation』の中で提唱したイノベーション普及理論は企業の間でもよく知られている。この理論を踏まえ、革新的な考えを持った革新者(Innovator)の割合2.5%と初期採用者(Early adaptor)の13.5%を足した16%のラインが商品普及の閾値として参考にされてきた。さらに前期追随者(Early majority)34%が加わると社会の50%にこの考え方が普及したことを意味し、その社会における変化の方向を決定づけるものとなる。
今日、大きな社会問題となっているものの1つに、「地球環境問題」がある。環境問題は、これまで国家レベル、地方レベルで行政が主導的に対応してきた領域であった。しかし、気候システムや生物多様性を含む自然資本が急激に劣化する危機的状況に直面している。これらの問題への対応は、行政の予算レベルでは十分対処しきれない規模と切迫した状況になっている。このような認識が共有され、あらゆる社会、経済主体の関与の下で社会全体の課題としてその解決に向けて取り組んでいかなければならない問題と整理されている。
今日社会的関心が最も高い問題の1つである気候変動への対応を、イノベーション普及理論を参考に、社会にとってどのようなステージにあるのかについて整理してみたい。
社会的価値観の変化につながる代表的な動きをつなげてみたのが、図表―1である。社会問題を投資の際考慮の対象とする考え方である社会責任投資(SRI)が登場したのは、1920年代である。その後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の活動を通じて気候変動と企業の温室効果ガス(GHG)の排出の関係が明らかにされることによって、企業の経済活動と温暖化といった社会問題がつながることとなる。最近加速されていく様々な関連する諸活動を観察すると、この問題への対応の方向性は、現時点で50%の閾値に近づいている印象を受ける。
社会的価値観の変化の意味と企業の対応
社会的価値観の変化は、企業の社会的責任や将来の社会における存続意義にも関連することから、社会・環境問題の解決を将来の企業のビジネス機会にいかに取り込んでいけるかどうかは企業の持続的成長に直結する問題となっていく。国連の持続可能な開発目標(SDGs)に代表される社会課題に積極的に向き合わない企業は、社会的存在意義(パーパス論)に疑問を持たれ、レピュテーショナルリスクの原因ともなろう。つまり、この取り組みに遅れることは、企業の持続的成長力の観点から中長期の時間軸で企業価値評価を劣化につながることとなる。つまり、この問題への対応は、中長期的視点から見た企業価値への変動を伴うリスク問題であり、ソーシャルリスク管理と考えることができる。今日、企業の間で、社会的価値と企業活動を連動させる取り組み、すなわち共通価値創造(CSV)への模索が続いている。
われわれの経済生活や企業の経済活動は、社会という文脈を抜きには考えられない。SDGsがグローバルの共通課題として認識されている。企業の社会的責任の考え方も大きく変化し、環境保全などの社会課題の解決への貢献とビジネス展開との関係に高い関心が払われている中、企業は存続のためには何を革新しなければならないか、社会的責任を果たすためには何をしなければならないか、社会的価値と経済的価値の両立をいかに果たしていくべきか、といった課題を経営管理に取り組んでいく時代に入った。
これまで企業は、市場メカニズムに組み込まれた財務要素を中心とする価値創造に取り組んできたが、今後は社会・環境問題といった非財務要素と企業価値との関係を意識して経営していかなければならない。そして、社会・地球環境問題が企業価値の変動(=リスク)に及ぼす状況を新たなソーシャルリスクとして捉え、このリスクに対して企業がどのように対応するべきなのかについて検討するといった新たな挑戦の途上にあるものと考えられる。
ソーシャルリスクという言葉は、これまでリスク管理の世界で様々な局面で使われてきた。一般に、ソーシャルリスクは、「社会化したリスク」と理解され、社会不安や社会的脅威を招くもので、個別的な処理だけでは解決できないリスクと位置付けられている 。
この用語が、「社会」と「リスク」という2つの用語が結合していることからも想像できるように、社会の価値観やパラダイムの変化がリスクの中身に多大な影響を及ぼすこととなる。その意味では極めて動態的なリスク概念といえる。つまり、今日のリスク管理は、ソーシャルリスクをその管理の範疇に加え、動態的な経営環境の変化に対応するために、経営変革が急務となっているものと考える。
ソーシャルリスクの新展開とリスク管理の進化の他の記事
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方