村松バンド――1月の気象災害――
沿海州の地形による収束雲

永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
2024/01/22
気象予報の観点から見た防災のポイント
永澤 義嗣
1952年札幌市生まれ。1975年気象大学校卒業。網走地方気象台を皮切りに、札幌管区気象台、気象庁予報部、気象研究所などで勤務。気象庁予報第一班長、札幌管区気象台予報課長、気象庁防災気象官、気象庁主任予報官、旭川地方気象台長、高松地方気象台長などを歴任。2012年気象庁を定年退職。気象予報士(登録番号第296号)。著書に「気象予報と防災―予報官の道」(中公新書2018年)など多数。
札幌市の近郊に岩見沢(いわみざわ)という市がある。直線距離にして40キロメートルほどしか離れていないが、この両市は冬季の雪の降り方がかなり異なる。岩見沢で大雪が降っているのに、札幌は快晴ということがしばしばあり、その逆もある。調べてみると、岩見沢の大雪は、日本海を挟んで北海道の対岸にあるロシア沿海州の地形に関係があることが分かった。
2014(平成26)年1月9日から11日にかけて、岩見沢地方は大雪に見舞われた。9日0時に66センチメートルだった積雪深は、11日24時には131センチメートルにまで増え、この3日間の降雪の深さの合計は84センチメートルに達した。これに対し、札幌(管区気象台)では、この3日間の降雪量は0センチメートル(1センチメートル未満)であった。この大雪により、岩見沢だけでなく、札幌圏の交通機関には運休や遅延が多数発生し、また道路は通行止めとなる区間が生じた。
読者は日本海が無数の筋状雲で埋め尽くされた冬季の気象衛星画像を見たことがあるだろう。冬の季節風に伴う日本海の雪雲は、大陸の海岸から少し離れた海上に端を発し、細長い帯あるいは筋のようになって、本州や北海道の日本海側に届いている。無数の筋状雲が並んださまは、美しさを感じさせる。まさに、自然の芸術と言ってよいだろう。冬の季節風が吹く時に雪雲がこのように並んでいることは、気象衛星が登場して初めて分かったことだ。筆者を含め、気象衛星画像を見て感動した人は少なくないのではないか。
冬季、日本海に見られる筋状雲は、不規則に、ランダムに並んでいると思われるかもしれない。しかし、そうではないことに気づいた人たちがいた。最初に注目されたのは、朝鮮半島の付け根に近いところに端を発する太い帯状雲で、これについては本連載の2022年12月「JPCZ」で解説した。すなわち、気象庁の岡林俊雄は、1972年、これを「収束帯状雲」あるいは「収束雲」と呼んだ。気象学で「収束」とは風が集まるという意味であり、この帯状雲のところで風が収束していると推定された。後に、この帯状雲を生じさせている収束帯は「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」と呼ばれるようになった。
岡林はもう一つの収束帯状雲にも注目した。それは、北海道西岸沖にしばしば現れる南北走向の雲帯である(「岡林バンド」とも呼ばれる)。この雲帯についても本連載2022年12月「JPCZ」で解説した。また、本連載2022年2月「200万都市を脅かす降雪バンド」で紹介した収束雲は、「岡林バンド」にほかならない。
今回の主題は、JPCZとも、岡林バンドとも異なる。1975年3月に北海道大学で開催された日本気象学会北海道支部研究発表会で、当時札幌管区気象台予報課に在籍していた新進気鋭の技官村松照男は、「沿海州の地形による収束雲」と題する発表を行った。村松は、大陸からの寒気の吹き出しに伴って北海道の西海上に見られる筋状の雲列の中で、1本だけ太く長いものがあることに注目した。それは、いつも沿海州の海岸付近の決まった位置を起点として発生しているように見えることから、沿海州の地形の影響を強く受けているとした。
村松が研究発表をした当時、静止気象衛星「ひまわり」はまだ打ち上げられておらず、米国の極軌道気象衛星NOAAの画像が用いられた。図1(左)はその一例である。日本海に見られる無数の筋状雲の中で、沿海州の海岸線に最も近いところから発生し始め、ひときわ白く輝いている雲列が目を引く。矢印で示したものがそれで、東端は北海道に侵入している。このとき、札幌管区気象台の気象レーダー(図1右)では、石狩湾沖から石狩北部を経て中空知(空知中部)に侵入する強い雪雲がとらえられており、8時間に25センチメートルの降雪が観測された。
村松が注目した雲帯は、沿海州の北緯45.5度付近の海岸線のすぐ沖合から発生するものである。沿海州の地形が北海道日本海側の大雪に直接影響を与えているわけであり、村松は当時、「これは大発見だ」と言っていた。その後、気象予報の現場で、この雲帯は「村松バンド」と呼ばれるようになった。村松自身もその呼称を受け入れた。
ロシア極東の日本海に面する地方を、わが国では沿海州と呼んでいる。図2に地図を示す。北海道からの距離は意外に近く、最短で300キロメートルほどしかない。海岸線に沿って南西から北東に、長さ約900キロメートルにも及ぶシホテアリン山脈(シホテアリニ山脈とも表記される)が存在し、標高2000メートル位の山がそびえている。
冬季、シベリアから北海道に吹いてくる季節風は、このシホテアリン山脈を乗り越え、日本海を渡ってくる。シホテアリン山脈の地形は一様ではなく、標高差があり、峡谷もある。したがって、季節風が山脈を乗り越える際には、当然ながら地形の影響を受ける。北海道との間の日本海に生じる筋状雲の模様は、シホテアリン山脈の地形が描き出した結果と見ることもできる。
では、北海道に大雪をもたらす「村松バンド」は、シホテアリン山脈のどのような地形によって生み出されるのであろうか。村松バンドの発生点は、沿海州の北緯45.5度の海岸線付近であることが分かっている。この位置を、図2に赤字の「X」で示した。図2から分かるように、シホテアリン山脈は、X点付近を境に、その北東側と南西側とで標高に差が見られる。北東側では標高1000メートル以上の山が連なっているのに対し、南西側の標高はおおむね1000メートル未満である。数値モデルを用いた研究(大竹他、2009)によれば、標高の高いところを乗り越えた空気は、標高の低いところを乗り越えた空気より高温になり、X点の風下側(北海道側)に、気温差のある空気の境界線が形成されることが分かった。このため、境界線の両側の空気がぶつかり合って(収束して)、強い雪雲の帯ができるというわけである。
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