――参考にした情報やガイドラインはありますか。
浸水住宅の復旧手順を科学的なデータの裏付けをもって研究した例は、日本ではほとんどありません。私自身、自分が被災して、分からないことが数多くありました。その時参考にしたのは、前述のとおり、アメリカのEPAのガイドラインです。

経験して分かったのは、初動が極めて重要ということ。被災後1週間が勝負です。そこで適切な手配と対応ができれば被害は激減する。しかし、問題は時間の制約の中でそれができるか否かです。途方に暮れたり、感覚的な対応をしてしまったりするのが、実情でしょう。

実際、私の家の近隣では、フローリングを貼り直した後にカビが生えてしまった住宅が少なくありません。そのため現在、床工事のやり直しが行われています。こうしたムダやロスをなくすには、困難の中でも必要事項に着実に取り組めるよう、エビデンス(科学的根拠)にもとづいた復旧手順書、ガイドラインが求められます。

――自身の経験をガイドライン作成に生かす、と。
その意味では、私の経験もあくまで一例に過ぎません。

 

確かに、床下乾燥に初期段階から取り組むこと、浸水した壁のクロス・石こうボード、断熱材、床のクッションフロアは除去すること、これらに優先的に取り組むべきことは、浸水建物の共通事項といえます。

堤防決壊の影響を受けた豊野地区の浸水住宅。被災から2カ月後、壁や木部にカビが目立つ

しかし具体的な対処方法は、被害の度合いや建物の構造・仕様、被災の時期などによって変わる。昨年の台風19号は秋で、長野は準寒冷地でしたが、温暖地の夏であればカビの発生はさらに早くなることが予想されます。また浸水深さが1階天井を超えると解体部位は大幅に増え、堤防決壊であれば大量の泥が建物内に侵入します。床の断熱材が繊維系であれば、除去作業に大変な労力が必要です。

それでも、ガイドラインがなければ、被災者の精神力が持ちません。自宅が被災しても「こうすれば直せる」「こうすれば復旧できる」というイメージを持てることは、すごく大事なことです。

――浸水住宅の復旧に関する今後の研究をどう進めますか。

浸水住宅の経過観察とともに、住まい手に対する助言も行っている

私は研究者ですので、エビデンスがない限り「これが正しい」とはいえません。床を残したことを「チャレンジ」と表現したのはそのため。今後はエビデンスをもっと増やしていくことを考えています。

現在、復旧を終えた自宅のほか、一定期間の放置後に復旧を始めた家、まったく手を付けていない家で、カビの増殖過程や含水率の変化を観察しています。また今年度内には秋田県立大学と共同で実大の浸水実験を行い、住宅の乾燥過程を詳しく調べる予定です。

2021年度にはそれらの研究成果を論文や学会の技術報告集にまとめるとともに、建築士団体と連携し、一般の人や工務店に向けた復旧手順のレシピも公開したいと思っています。

写真:中谷岳史氏

 

中谷岳史氏
なかや・たかし

京都府立大学(学術修士)を卒業後、名古屋大学で木質材料の熱湿気特性で農学博士を取得。大和ハウス工業総合技術研究所で建物の省エネルギーや温熱環境について従事した後、2007年から岐阜工業高等専門学校建築学科教員、2017年から信州大学工学部建築学科教員。専門は建築環境工学を基礎にしたパッシブデザイン。

過去の教訓を生かし「複合災害」に備える事例をBCPリーダーズvol.4(7月号)で紹介しています。詳しくは下記をご覧ください。
https://www.risktaisaku.com/category/BCP-LReaders-vol4