過密化する都市 広範・高速の移動

――近代化の過程で感染症は克服されたと思っていました。しかし最近は新しい感染症が次々に出現し、あるものはパンデミックを引き起こしています。

パンデミックはウイルス側に原因があるというより、それを受け止める社会のあり方と強く作用し合っています。

とどまるところを知らない熱帯雨林の開発に地球温暖化も相まって、近年は野生動物の生息域が減少、人との距離が急速に縮まりました。そのため野生動物と共存していたウイルスが、調和を乱され、人の社会に入り込んでくる。新興感染症がひんぱんに発生する理由はそこです。

パンデミックは社会の姿を映す(写真:写真AC)

加えて現代は増加した人口が都市に密集、かつ世界の隅々まで交通網が発達していますから、人の移動は広範にわたるうえスピードも速い。それが感染拡大の原動力となります。つまり、ウイルスの出現と拡散の双方に「好都合」な条件が用意されている。文明はまさに、パンデミックの「揺りかご」なのです。

――今回のパンデミックは、ある意味、現代社会の姿を映しているといえそうですね。

とくに、感染が拡大していく様相を見るとそうですね。情報化のなかで広がっている。感染者数や死亡者数をはじめ、リアルタイムで世界中を飛び交う膨大な情報が、今回のパンデミックを特徴づけています。過去のパンデミックとの大きな違いでしょう。

ペストの大流行が中世ヨーロッパを舐め尽くしたとき、当時の人々は、祈ることしかできませんでした。情報がないから、何が起こっているかもわからない。キリストの受難劇を上演し、神の怒りが静まるのを待つのがせめてもの対策だったわけです。

ペスト医師(メディコ・デッラ・ペステ)。中世のペスト医師は、都市に雇用され、貧富の隔てなく治療にあたった。当時は悪い空気(瘴気)が感染源と考えられていた。悪い空気から身を守るため、香辛料を詰めた嘴状のマスクを着けた。ペスト医師になることは大概の場合、喜ばしいことではなく、辛く危険な仕事であった。流行時、彼らが生き残る可能性はわずかであったという 絵:山本太郎

ペストの流行から400年が経っても、ドイツのある村ではいまだに、10年に1度、村人総出でキリスト受難劇を上演し続けています。ペストの恐怖はそれほどまでに、ヨーロッパ人の記憶の奥深くに刻まれているのです。

情報が人の行動に影響 社会機能が麻痺

――中世と違って現代は情報がある。それはよいことではないのですか。

確かに、私たちはさまざまな情報によって行動を決められるようになりました。しかし、人がどのように行動するかはすごく不安定です。だからトイレットペーパーやマスクの買い占めも起きる。

状況をある程度知ることができ、将来もある程度予測できるがゆえに、みなが一つの方向へいっせいに走り始めると、それ自体が社会機能を麻痺させることがあり得ます。情報化時代のパンデミックの特徴だと思います。

――人の行動を規定する強い制限が必要といわれるのは、その辺も理由かもしれません。ただ、少なくとも日本は自粛や休業の要請で対応しています。個人や企業が「適切な行動」をするには、単なる情報ではなく、判断の拠り所となる思想が必要だと思います。
それがないから、みな困っているのでしょう。状況は刻一刻と変わり、現在と1週間前とではまったく違う。そうしたなかで歴史から学ぶといっても、簡単ではありません。ただ、歴史から直接教訓は得られなくても、今後起こり得ること、オプションは教えてくれるかもしれない。それはすごく大事なことだと思います。