2019/05/13
インタビュー
命が助かるスペースがある
一方で、都市部には、高層の建物であったり、歩道橋など、そこに登れば命は助かるというスペースもたくさんあります。こうしたスペースをいざというときに活用できるようにするためには、日常的に津波災害などを意識することが大切です。地震の後に火災が起きるということは多くの人に連想できているかと思いますが、都市部では津波で浸水が起こるということはあまり多くの人に考えられていないのではないでしょうか。
判断力を高める訓練を
今後の対策としては、一つは判断力を高めるということが必要になってくると思います。なぜなら、先ほどから繰り返しているように津波がどのように押し寄せてくるのか、何を引き起こすのかは実際には分からないということです。大きな津波が押し寄せてきて内陸へ逃げたら、川を遡上した津波が内陸側から逆に襲い掛かってくるかもしれないし、排水溝からの津波によりマンホールから水が噴き出してくるかもしれない。火災が発生したり、混雑で動けなくなることも考えられます。こうした際にどう行動すればいいのか判断力を高める必要があります。
われわれの共同研究でも、ICTを活用し、こうした判断力を高められるようにすることを目的にしています。昨年は、避難支援アプリを使った避難訓練を実施しました。このアプリは、危険個所や安全なルートをリアルタイムで共有できるというものですが、住民には、あらかじめスマートフォン(写真1)にこのアプリを入れてもらい、避難訓練で逃げる先々で、火事や通行止め、建物倒壊で通過不能という想定外の状況を模擬的に作り出し(火事や通行止めの看板を持っている人を、避難経路上に立たせておく。写真2参照)、その情報をアプリでシェアしてもらいました。その結果、その場に居合わせた人だけでなく、同じルートを考えた人も、その場を通らないで違う安全なルートを考え出せるようになるなど、一定の成果を得ることができました。これまでの避難訓練は、避難経路上のリスクを事前に評価しておいて、この道を通ってどれだけ早く避難できるかということに重きを置いていましたが、その前提が崩れたとき、いかに柔軟に対応できるか、その判断力を養う訓練を考えたわけです。こうしたリアルタイムの情報共有は今後とても重要になると思います。
最悪の事態での対応力を高める
もう一つ、重要になってくるのは、最悪の事態に遭遇した際の対応力です。結果として津波に飲まれてしまったようなときでも、諦めずに最善の方法を考え出せるようにする力です。もちろん、それをやったからといって、確実に助かるわけではありません。それでも、漂流している間は、決して津波の黒い水を飲んではいけないとか、浮力をサポートするようなものを身に着けるとか、本当に津波に飲まれてしまったときのことを想定してみることも大切だと考えています。そうすることで、いかに事前対策が重要なのかということについて改めて気付きが得られると思うのです。まだ調査をしていませんが、東日本大震災で津波に飲まれた方のうち、生き残った方が1割ぐらいはいたのではないかと考えられています。その数字を高くすることも考えていく必要があります。
命を守る技術力を育てる
最後は、こうした最悪の事態でも命を守れるようにするさまざまな技術力を育てていくことです。津波避難の構造物はもちろんですが、津波に飲まれたときに浮力をサポートするライフジャケットを開発するとか、車の運転中被災しても一定の時間は安全に浮いていることができる車両を開発するなど、実際、アジアのベンチャー企業ですでにこうした製品の開発が進められていますが、防災先進国として日本企業の技術にも今後は期待したいものです。
※図-1,2は「川崎市政策情報誌かわさき第37号」より引用
http://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000105224.html
(了)
聞き手:中澤幸介
インタビューを終えて
今村教授を最初に取材させていただいたのは2007年7月。当時、政府の地震調査委員会では、今後最も発生確率が高い地震として宮城県沖地震を挙げていたが、宮城県の被害想定に津波による死者は含まれていなかった。それに対して、今村教授は、津波の被害はシナリオ次第でいくらでも大きくなると強く警鐘を鳴らしていた。さらに過去の津波では経験していなかった点として「工業地帯では津波の影響で大火災が発生し、通行中の車は次々に津波に飲まれる」と、その後、東日本大震災で実際に発生した被害を、弊社へのインタビューの中で言い当てていた。
ビジネスにおいては、競争相手のいない未開拓市場を「ブルーオーシャン」と例えることがあるが、ブルーオーシャンは、見える人にだけしか見えないため、多くの人にとっては普段、想像もつかない未知の世界となる。防災においても、特定の人にしか見えない脅威がある。多くの場合、聞き流され、戯言とも受け止められることもあるが、実際にその被害が現実になると予言者のごとく注目される。今、今村教授にだけ見えている脅威は何なのか? その脅威にわれわれはどう向き合い備えていけばいいのか?
今回のインタビューですべてが聞き出せたわけではないが、まず、今村教授が述べられていた脅威を自分なりに思い描き、その時何ができるのか、そのために今、何をすべきかをそれぞれが考えてみてはどうだろう。(中澤)
今村教授には、2019年9月25日に開催する「危機管理カンファレンス2019秋」でも講演をいただく予定。
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