2020/01/29
グローバルスタンダードな企業保険活用入門
キャッシュだけではリスクに対応できない
無借金経営で、キャッシュがふんだんにあり、想定されるリスクに対し、全てキャッシュだけで対応できるのであれば、企業保険は不要です。
けれども、特に公開会社であれば、キャッシュを必要以上に抱え込むことは危険です。
キャッシュが株式時価総額を上回る場合には、会社ごとM&Aで買い取ってしまえば、その差額分だけ何もしなくても儲かることになります。企業買収の標的とされてしまうリスクが高まります。
さらには、キャッシュを遊ばせておくことが、株主に対する怠慢となるリスクです。経営者は、株主から「適切に」「儲ける」ために莫大な資金を託されていますが、抱え込まれたキャッシュはそれ自体では何も生みだしません。ビジネスの機会をみすみす見逃している、という評価につながります。
したがって、普通の会社であれば、全てのリスクにキャッシュだけで対応することは無理です。自分だけで対応できないリスクに対応するために、企業保険が有用なのです。その理由を、もう少し詳しく整理しましょう。
例えば、主力製品を作る主力工場が火災で焼けてしまう事態を想定しましょう。
経営者は、株主から託された資産や事業機会を主力工場などに振り向けていたわけですが、一定の確率で想定される火災のリスクに何の対策も講じず、焼けてしまいました、はい、事業はおしまいです、と開き直ることは、受託者として到底許されません(法的責任)。
さらに、会社は事業を営むために多くの従業員を雇っており、その生活を支えていますが、それを放り出してしまうことも、やはり許されません。従業員の多くの時間を使い、生活を預かることによって、利益を上げていながら、事業継続のために必要な備えを怠ることは、責任放棄になるからです(社会的責任)。
このように、経営者は事業継続のための合理的な対策を講じる責任があるのです。
具体的なシナリオを描いて対応を
主力工場が焼けた場合、メインバンクから融資を受ければいいだろう、いざというときのためにメインバンクがあるのだし、保険料も馬鹿にならない、という考えもあるでしょう。さらには念を入れて、うちの主力工場が焼けた場合に緊急融資してくれるか質問し、当行は全力で貴社を支えます、などの言質を取っている場合もあるでしょう。
けれども、実際の融資判断は、その時々の状況に応じて行われるもので、最善を尽くす約束はできても、将来の融資判断を約束することはできないはずです。実際に主力工場が消失し、主力製品の供給が止まってしまい、数多くの取引先が競合他社の商品の取り扱いを始めてしまう状況で、緊急融資の回収可能性を説明し、融資判断してもらうことは、決して容易なことではありません。
仮に、緊急融資してもらえるとしても、新工場などは担保に供することになるでしょう。
しかし、会社を存続させながら事業継続を目指す場合には、固定費がかかります。主力工場が止まってキャッシュが入らなくなった状況で運転資金についてまで金融機関から融資を受けることは、担保となる資産も考えにくく、難しくなります。
さらに、何よりも、緊急融資決定に至るまでの銀行とのやり取りの手間や時間が惜しいはずです。
単に資金手当ての可能性がある、という漠然とした約束で満足するのではなく、最悪の状況からどのように会社を立て直すのか、というシナリオを具体的に描きましょう。
そこで企業保険の活用です。
上記のような主力工場の焼失に備えてほとんどの企業では火災保険に加入していると思います。しかしながら、事業継続に対する補償はどうでしょう?
建物や設備に対しては火災保険に加入しているものの、事業中断による損失を補償する保険に加入している日本企業は少数派です。
欧米企業ではごく当たり前に加入している事業中断補償の保険ですが、日本企業では少ないという実態が、企業保険の活用が十分ではないという現実を表していると思います。
自社にとってどんなリスクがあるのかを分析し、それを適切に補償できる保険に加入することが、企業保険を活用するということです。
本連載執筆担当:ウイリス・タワーズワトソン 関西支店長 兼 グローバルプラクティス ディレクター 大谷和久
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