計量化・可視化・個別化で高まるスピードと説明力

「Chat GPT」の登場で脚光を浴びるAI。防災分野においても、課題解決の切り札として期待が急上昇している。災害状況の迅速な把握・伝達、24 時間多言語問い合わせ対応、個々の住民の実情に即した避難所・避難ルートの提示など、さまざまな活用が考えられているが、AIをはじめとするデジタル技術は日本の防災をどう変えていくのか。AI 防災ベンチャーSpectee の根来諭さんと、アウトドア防災ガイドのあんどうりすさんに語ってもらった。
(司会:新建新聞社リスク対策.com記者 竹内美樹)

※本記事は月刊BCPリーダーズvol.41(2023年8月号)に掲載したものです。

【対談】
根来諭
Spectee COO× あんどうりすアウトドア防災ガイド

 
根来諭氏 ねごろ・さとし
株式会社Spectee COO兼海外事業責任者

1998年ソニー株式会社入社。4カ国において事業管理やマーケティングに従事した後、2019年にAI 防災ベンチャー企業の株式会社Spectee に参画。リアルタイム危機管理情報サービスを中心に、最先端技術を活用した情報の解析と、いち早く正確な災害関連情報・感染症情報・企業のリスク情報などの配信を行う。著書に『シン・危機管理』(みらいパブリッシング)。
 
あんどうりす氏
アウトドア防災ガイド

阪神・淡路大震災の被災体験とアウトドアの知識を生かし、2003年より全国で講演活動を展開。子育てグッズと防災グッズをイコールにしてしまうアウトドア流の実践的な内容が好評で「楽しくて実践したくなる」「毎日の生活を充実させるヒントがたくさんある」と口コミが広まり、毎年の講演回数は100回を超える。著書に『りすの四季だより』(新建新聞社)。

1. 避難時の意思決定を劇的に変える

情報は増えるも意思決定にハードル

―― 近い将来必ず起きる南海トラフ地震や首都直下地震、激甚化する気象災害、一方で少子化・高齢化が進行する社会と、日本の防災は厳しい状況に置かれています。お二人は現在の防災の課題をどうとらえていますか?

根来 私は、実は日本の防災力、特に公助の力はかなり高いと思っています。最近ビジネスの関係でフィリピンの自治体をまわっているのですが、日本に比べると災害時の体制がいろいろ整っていません。日本の防災レベルは総じて高く、現場の意識も高いのです。

しかし、これからは効率化を進めないと、ご指摘のように激甚化・多発化する災害と少子高齢化に対応できない。デジタル技術を取り入れ、業務を標準化し、少ない人数あるいは経験の乏しい人でも対応できる体制を構築することが急務です。

あんどう 気象災害でいうと、避難行動のタイムラインが短くなっていることが気になります。

先日の台風2号の際、和歌山の田辺市から京都市まで移動しました。その際、浸水被害のあった海南市を警戒レベル5情報の6時間前に通過したのですが、その段階ではむしろ四国で被害が心配されており、事態が急速に悪化したことを肌で感じました。

海南市は防災への積極的な取り組みで注目されている自治体ですが、短いタイムランのなかでは、優秀な職員の皆様でもできることは限られてきます。市民が自治体任せにせず、どのように決断し行動できるのか考えさせられました。

根来 興味深いお話ですね。日本の場合、通常は台風の発生から接近・上陸まで結構時間がある。だからある程度準備ができるのですが、これに対しフィリピンは発生から3日ほどで上陸します。準備の時間がないから大災害になりやすい。日本もそうしたケースが増えるかもしれません。

あんどう 十分な情報が行き届かないうちに状況が悪化していくケースが増えたら怖いですね。

高緯度で発生する台風が増えると、避難のタイムラインが短くなり、十分な情報が行き届かないうちに状況が悪化する可能性も(イメージ:写真AC)

――そうした課題をデジタル技術、DX/AIによってどう解決できるかが、今回の対談のテーマです。

根来 防災はフェーズごとに多くの課題がありますが、避難フェーズでいえば、いまあんどうさんが指摘された逃げ遅れという課題。これに対しては「適切な人たちに適切なタイミングで避難指示を出す」というのが一つのゴールでしょう。

その点、現在は災害に関する情報が集めやすくなっている。しかしその情報が意思決定に役立っているかというと、まだまだといわざるを得ません。意思決定に役立てるには、単なるインフォメーションとしての情報を分析し、意味を持たせることが必要です。

あんどう 国の研究機関の防災科学技術研究所は、いま降っている雨が過去の実績を上まわるほど災害になりやすい傾向があることに着目。意思決定の指標の一つとして「雨のまれさ」というデータを出しています。

必ずしも大雨でなくとも、その地域にとってまれな雨であれば、災害が起きる可能性が高いということ。これまで水害があまりなかった地域は「今回も大丈夫だろう」と経験則で考えがちで、それが避難のバラツキにつながります。少なくとも避難指示やその判断基準については、経験則にとらわれない意思決定の補助ツールが必要だと思います。

根来 毎年のように被害が発生する自治体は、例えば「雨のまれさ」のように、その雨が水害を引き起こす雨かそうでないかを見極める知恵が継承されます。ただし公務員は3年ほどで異動しますから、任期中に災害が起きなければ知恵は継承されない。そこはまさに、デジタル技術で補うべき領域です。

アカウンタビリティー可能な避難指示

―― 勘や経験では自治体や個人によって判断に差が出る。とはいえ情報量を増やすだけでは意思決定にうまく使えない。判断根拠となる指標、あるいは知恵の継承が必要ということですが、デジタル技術でどう補っていけますか?

あんどう 気象庁が行っている自治体職員向けの「気象防災ワークショップ」に参加させていただいたことがあるのですが、そこでは地元気象台等から発表される防災気象情報にもとづく地方公共団体の防災対応を疑似体験します。

興味深いのは、参加者の多くが避難指示の発令を非常に躊躇すること。「広い範囲で出して大丈夫か」「夜中に出して大丈夫か」と、架空の町でも悩んでしまう。現実の判断となればなおさらでしょう。

現実には、例えば首長が不在、議会で担当部長が答弁中など、決断が遅れる状況が多々あります。ワークで感じたのは、気象庁が地域状況を詳しく知っている自治体に果敢な避難情報の発信を願う一方で、自治体は気象のプロの気象庁がもっと強く決断をあと押ししてほしいと願っているのではないかということです。

なので、もし「あの河川が1時間後に氾濫する確率⃝%」という信頼性の高い情報があれば、それは避難指示の判断を下す際の背中押しになる。最終的に人が決断するにしろ、そこでバラツキが出ないようAIが補ってくれれば、非常に助かると思います。

根来 大雨を想定して申し上げると、河川の水位がわかり、今後の雨量がわかると、いつ越水するかがだいたいわかります。そうした短期災害予測は、AIをはじめとするデジタル技術でかなりサポートできるでしょう。

当社は2021年から22年、河川の水位データと気象データ、過去の水害データを用い、いつ危険水位を超えそうかをシミュレーションする実証実験を名古屋で行いました。結果、ピッタリ予測どおりにはいきませんでしたが、傾向はとらえられた。今後もっと多くの河川の水位情報が取れたり、もっと細かく気象情報が取れたり、もっとうまく解析ができたりすると、2~3時間の短期災害予測は飛躍的に精度が上がると思います。

避難情報の伝達はよりパーソナルに

―― 水害の短期予測ができ、精度が上がれば、意思決定に役立つ情報になる、と。「こういう分析結果にもとづいて避難指示を出した」といえれば、説得力も出ます。

現在はエリア一帯に防災無線で一律に情報を出している(イメージ:写真AC)

根来 意思決定についてはそうですね。それ以外で私がもう一つ問題と思っているのは、住民一人一人にパーソナルな情報がいかないこと。現在は、ある集落に向けて防災無線で一律に情報を出していますが、その集落には川沿いもあれば高台もある、若い人もいればお年寄りもいる。一律の情報発信でいいのかという問題があります。

解決策として考えられるのは、スマートフォンに位置情報とともに持ち主の身体情報を登録しておく。その人の居場所と状況がわかれば「〇〇さんは川沿いの住まいで足が悪いから早めに避難を」といった具合に、一人一人に最適な情報を送れます。

あんどう ハザードマップに書かれていないような、極めてミクロな地理情報も送れるといいですね。例えば「あなたの家の近くの〇〇用水に注意してください」とか。小さな農業用水路はハザードザードマップに載っていませんが、流れにのまれて亡くなる人が結構いるんです。

個々の住民の実情に即した情報を送れればメッセージの重みが増す(イメージ:写真AC)

大雨がひどくなるタイミングで、用水路の近辺を歩くのは極めて危険。でも、運動靴なら大丈夫とか、杖を突けばいいとか、謎の理由をつけて歩く気満々の人が予想以上にいます。それだけ心配なのでしょうが、絶対にやめてほしい。そうした情報は、一律の発信ではなく、個別に送るほうが効果的です。