遅れた避難のタイミング

国土交通省等の説明会では、避難のタイミングについても説明しています。

写真を拡大 水害・土砂災害への備え〜早期の避難による安全の確保をめざして〜国土交通省 関東地方整備局(https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000689954.pdf

 避難確保計画を作成する際、警戒レベル3にあたる「避難準備・高齢者等避難開始」で、「要配慮者の避難」とあります。作成マニュアルにもこの段階で、「徒歩で移動」「クルマで移送」など具体例を挙げて計画の作り方を説明しています。

このことから分かるのは、作成マニュアルに沿って避難確保計画を作れば、高齢者施設は「避難準備・高齢者等避難開始で避難」というマニュアルが自動的に出来上がります。

千寿園でも、避難を開始する時期については「避難準備・高齢者等避難開始」と明記されていたという報道があります。

千寿園の教訓を備えに 入所者14人犠牲、避難情報共有が鍵
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/632650/

千寿園の避難計画では、「避難準備・高齢者等避難開始」が出されれば「避難等を開始する」と明記。

では、実際にはその段階で避難が開始されたのでしょうか?

球磨村で警戒レベル3情報「避難準備・高齢者等避難開始」が出されたのは、7月3日の17時でした。

写真を拡大 球磨村役場 2020年7月3日17時01分(Facebookでの発信)

報道資料と国土交通省「川の防災情報」の当日の資料で、時系列を作ってみました。

球磨村役場は警戒レベル3「避難準備・高齢者等避難開始」情報を園に17時の時点で伝えたとあります。千寿園で浸水が始まったのが翌日の7月4日午前6時30分〜7時ごろですので、この段階で計画通りに避難を開始できていれば……という状況ではあります。

どの地域でも、豪雨災害が起こったときの時系列を見ると、警戒レベル3で避難できていれば命は助かったという事例は多いです。ですので、被災した経験のある地域の方は、「これからは警戒レベル3で避難しよう」と心に決める方も少なくありません。しかし、初めて大きな災害に被災する地域では、たとえこの段階で計画に書かれていたとしても、この段階で避難できないケースも少なくありません。理由として考えられるのは、空振りも発生するからです。この段階で避難できるかどうかは、空振りを許容できるかによります。

また、危険を認識できないという問題もあると思います。3日17時の降水量を見てください。雨もいったん治まり、18時には時間降雨量が0ミリになっています。雨がやんできているのです。水位は上がってはいるものの、まだ「はん濫注意水位」には達していません。皆さんはこの段階で避難を決断できますか? 高齢者の避難は困難が伴うので、早く避難を開始するわけですが、その困難が避難開始の決断を鈍らせる原因にもなります。予報では危険といわれていても、体感としてまだ危険を認識できない状況での避難の決断は、想像しているよりも実際は難しいと感じるのではないでしょうか。

危険を体感できない段階で、空振りがあっても避難しようと決断するためには、たとえ上司と連絡がとれなくても決断していいという体制を整えたり、空振りの場合、地域の人や家族に責められないなど、事前の準備がないと難しい問題ではあることも併せて考えておきたいところです。

では、警戒レベル4の時点ではどうなっていたでしょうか。球磨村では、警戒レベル3情報の5時間20分後の22時20分に警戒レベル4「避難勧告」が発令されています。

ただ、報道で見た限りですが、千寿園では、ここで避難行動をとられたわけではないようです。報道では4日午前3時ごろ、職員が土砂災害を警戒し入居者を起こす、山から離れた部屋に車椅子で移動とありましたので、警戒レベル4から4時間半経ってからの避難行動のようです。

また、ここで注目していただきたいのは、球磨村役場の警戒レベル4情報も、千寿園での3時の避難行動も土砂災害を意識しており、洪水ではなかったということです。

警戒レベル4の7月3日22時20分では、まだ「はん濫注意水位」ではありません。7月4日午前2時になって「はん濫注意水位」になり、64ミリ/時の雨を観測していますから、体感として危険を察知できそうなのが、4日の2時の時点かもしれません。ただ、雨は体感しやすいですが、夜、水位が上がっているかどうかは、国土交通省の「川の防災情報」などをチェックしていなければ気づきにくいのかもしれません。

さらに、千寿園が面しているのは球磨川本流ではなく、支流の小川です。バックウォーター現象について、事前に知らなければ、チェックしていても、まだ大丈夫と思ってしまう可能性はあります。そのため、千寿園での3時の避難行動は土砂災害をイメージして、2階ではなく、山と反対側の1階の部屋に向かっています。