第17回 印刷業の事業継続(1)
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2016/09/09
業種別BCPのあり方
小山 和博
外食業、会計事務所勤務を経て、(株)インターリスク総研にて 2007 ~ 2017年の間、事業継続、危機管理、労働安全衛生、事故防止、組織文化に関するコンサルティングに従事。2017 年よりPwC総合研究所に参画し、引き続き同分野の調査研究、研修、コンサルティングを行っている。
2013年の工業統計によれば、印刷業・関連業の出荷高は約5兆円にのぼる。業態としては、包装紙などの製造を行う商業印刷、雑誌や書籍などの出版物印刷が主力であり、売上全体の6割程度を占める。そのほかにも、企業の広告宣伝に使用される広告印刷、ノートや請求書などを製造する事務用印刷物、株券、商品券、カード類などを製造する証券印刷などの業態がある。広告、チラシ、ダイレクトメール、事業者からの請求書、商品のパッケージ、包装紙など、私たちの生活は、印刷物なしでは成立しない。
今回は、この印刷業の事業継続をとりあげる。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.49)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年9月9日)
印刷業の事業継続を考える上での業種としての特徴
一般の製造業は、たとえ受注生産であったとしても、ある程度自社の計画に沿って製造工程を動かせることがある。たとえば、使い回しの利くモジュールや部品などは自社の判断である程度製造し、在庫を積み増しておくという判断が成り立ちうる。しかし、印刷業が何かを製造するためには、基本的には発注者の意向に沿った原稿が必要である。
この発注者への依存性の高さが印刷業の事業継続においても大きく影響する。印刷業は通常、印刷物の仕様、数量、納期など発注者からの指示を満たすことができるか否かによって、受注できるかどうかが決まるわけだが、緊急時の対応でも、発注者の意向によって対応が左右される部分が大きい。
また、もう1つ注目しておきたい印刷業の特徴は、地域に根差した比較的小規模の事業者が日常業務の中でお互いに仕事を発注しあうことが多い事業構造である。我が家の周辺にも印刷事業者が多数立地しているが、普段から半製品がフォークリフトで持ち上げられ、トラックで運ばれている姿を目にすることが多い。日本標準産業分類によれば、印刷業は、「印刷業」「製版業」「製本業、印刷物加工業」「印刷関連サービス業」に分類されている。統計上もこのような分類が行われているように、印刷業では、製版、印刷、加工、製本と、製造工程の各段階で複数の事業者が関わっていることが珍しくない。
東日本大震災時における印刷業の状況
東日本大震災直後の業界団体による取りまとめによれば、地震の揺れおよび浸水の被害は、岩手、宮城、福島、茨城、千葉といった東北地方から関東地方の太平洋沿岸5県に集中した。
印刷業界にとってより影響が大きかったのは、震災後の原発事故をきっかけとした電力危機と素材品や化学品メーカー各社の被災による原材料の供給中断である。
読者もよくご存じのとおり、計画停電や電力使用制限令には多くの企業が対応に追われた。印刷業界ではこれに加えて、原材料の供給が中断した。まず、印刷に欠かせない紙とインクの供給状況からご紹介する。
大手紙メーカーA社は宮城県内の2工場に加え、秋田、福島、岩手の生産拠点に被害を受けた。同じくB社は、青森、岩手、福島の各工場が被害を受けた。このほかの大手メーカーが保有する2工場で被害が生じている。また、大手メーカーの製造委託先にも被害が続発した。これらの被災の結果、日本国内の印刷用紙の生産能力のうち2割程度が機能を停止した。紙卸売事業者の倉庫で荷崩れが多数発生し、使用可能商品の選別に相当の時間と人手を要したことも影響し、発災直後から紙が印刷事業者に注文通り届かない状態となった。
インクについては、インク製造に欠かせない石油化学製品であるメチルエチルケトンやジイソブチレンを製造する千葉県内の石油化学工場が地震と火災の影響により製造不能となり、14カ月もの供給中断が発生した。ある報道によれば、この工場は、世界の生産能力のうち約3割を占めているとされている。そのため、この工場の生産停止は、インクメーカーにも大きな影響を与えた。インクメーカーの業界団体である印刷インキ工業連合会は、「印刷インキの生産出荷に関する危機的状況について」と題して、「製品出荷が止まることも考慮せざるを得ない危機的状況」であるとして、「色数やサイズ、インキ使用量等々に対しまして特段のご配慮」を求めたいとする異例の声明を行った。
これら原材料の供給中断に対して、印刷各社では、発注量を引き上げる動きも見られ、供給のひっ迫は相当長期間継続した。 地震の揺れや津波は特定の地域にのみ影響を与えるが、原材料の供給中断は全国的な影響を引き起こす。もともと市町村合併による自治体の減少や事業者の減少により、印刷業への発注量は減少傾向にあった。このため、印刷業界では長年低価格を武器とした激しい受注競争が繰り広げられており、企業体力を落としている事業者も多かった。そこに、東日本大震災の衝撃が加わったのである。印刷業界の業界紙が「印刷産業界大打撃」というホームページを立ち上げるほどに、印刷業界の被害は大きかった。
業種別BCPのあり方の他の記事
おすすめ記事
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/01/07
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2025/01/05
能登の二重被災が語る日本の災害脆弱性
2024 年、能登半島は二つの大きな災害に見舞われました。この多重被災から見えてくる脆弱性は、国全体の問題が能登という地域で集約的に顕在化したもの。能登の姿は明日の日本の姿にほかなりません。近い将来必ず起きる大規模災害への教訓として、能登で何が起きたのかを、金沢大学准教授の青木賢人氏に聞きました。
2024/12/22
製品供給は継続もたった1つの部品が再開を左右危機に備えたリソースの見直し
2022年3月、素材メーカーのADEKAの福島・相馬工場が震度6強の福島県沖地震で製品の生産が停止した。2009年からBCMに取り組んできた同工場にとって、東日本大震災以来の被害。復旧までの期間を左右したのは、たった1つの部品だ。BCPによる備えで製品の供給は滞りなく続けられたが、新たな課題も明らかになった。
2024/12/20
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方