安全配慮義務とは

従業員が業務中や業務後などに熱中症にかかって心身疾患などを負ってしまったようなとき、企業側が安全配慮義務を守ったかどうかを問われることがあります。安全配慮義務は法律に明記されているものではなく、過去の裁判例によって構築されてきた義務です。また、安全配慮義務について定めている法律のうち、企業は労働安全衛生法だけではなく、労働契約法に定められている安全配慮義務までカバーしなければなりません。

労働安全衛生法3条における安全配慮義務とは、「職場における労働者の安全と健康を確保する」という内容ですが、それだけでなく「生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」ことまで、企業には求められているのです(労働契約法5条)。では、企業に求められる具体的な安全配慮義務とはどのようなものなのでしょうか? まずは2つの判例から探っていきましょう。

「川義事件」という1984(昭和59)年の最高裁判決では、裁判所は具体的に安全配慮義務の内容について触れ、「これらの義務に違反しているから安全配慮義務違反である」という判断を下しました。この判例は、私たちの具体的な業務においてどのような配慮が必要になるのかを考える参考になる裁判例といえます。

もう一つ、サッカー部の指導教員が雷を軽視して部活動を続けた結果、生徒がケガを負った事件について、2006(平成18)年の最高裁判決では、「当時の科学的知見をもってすれば、この災害は予見できた」と判断しました。「当時の科学的知見」という言葉は非常に重要ですので、押さえておいてください。

熱中症を考慮したBCPのあり方

企業経営においては、環境リスクや物流リスクなど、さまざまなリスクがありますが、熱中症はいわゆる「災害等のリスク」に属します。災害などのリスクはいつ来るか分からないため、多くの方がコストをかけたくないと感じているようです。ただ、災害は一度起きてしまうと、損害が非常に大きい。BCPが機能しなければ、事業が止まってしまう可能性が高いリスクの一つですから、やはり対策は必要です。

内閣府の「令和3年度の企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」によれば、BCPの記載項目として最も多かったのは、「従業員の安全確保」でした。従業員は業務継続の担い手でもありますから、従業員が仕事を続けられる環境を整えることは非常に大切です。そういった意味では、この実態調査の結果は理に適っているといっていいでしょう。

続いて経営者に目を向けてみますと、経営者や取締役などの役員は、「業務を継続して利益を上げ、かつ損失を回避する」という役割を担っています。これは民法644条に定めがあり、644条では「受任者は、善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う」と定められています。いわゆる善管注意義務と呼ばれるものです。経営者は株主から委任されている「受任者」であり、会社経営という「委任事務」を負っているのです。

つまり企業には、事業経営と従業員の安全確保、そしてBCPをバランスよく行うことが求められているだけでなく、事業継続のために利益を出すということも重要である、ということです。このバランスを上手くとることが、企業には求められているといえます。

BCPの根幹は「事業を継続させるための代替手段を講じること」ですが、熱中症に関しては、次のような代替手段が考えられます。

・熱中症により、従業員が休業を余儀なくされたときに業務が止まらないよう、業務フローなどをマニュアル化しておく
・業務拠点を移動させるなどして、熱中症にならないよう配慮する。屋外の業務の場合は、直射日光が当たらない方法などを考えるなどの工夫も有効
・気温が比較的低い時間帯に業務時間を変える、作業手順を変える。他にも、人を増やして作業時間を減らすことによってリスクを管理する方法も考えられる

ここに挙げたのは一例です。ぜひ自社でできる代替手段について考えるきっかけにしていただければと思います。