新建新聞社/リスク対策.comとJX通信社の共催オンラインセミナー『本気で考えるBCP〜災害対策における情報活用とBCPを継続的に改善させていくためのポイント』がこのほど開催され、“本気でBCPに取り組む企業”として、ディスコ、日産自動車、JX通信社の3社の担当者が登壇し、それぞれの事業継続への取り組みを紹介した。
- ディスコ
- 平時から災害対応を常に意識
- 目標実現の方法は現場手動で
- ディスコ サポート本部
- 総務部BCM推進チーム
渋谷真弘氏
前半最初の講演に登壇したディスコの渋谷真弘氏(サポート本部総務部BCM推進チーム)は、『株式会社ディスコの事業継続活動』と題し、世界の客先に向けた半導体製造関連の精密加工装置・ツール製造・供給事業に取り組む中での事業継続活動を解説した。
渋谷氏は、同社の事業継続活動の経緯について、客先からのクライシスマネジメント導入の要望を受けてスタートしたものの、自分たちの会社を強くしていくための方法であるという「内的動機」に変えて再スタートしたと述べ、事業継続活動を通して「お客様が安心して取引できる会社になる。そして、従業員が安心して働ける会社になる。その先に、私たちの、そして社会の未来がある」という大きな目標を掲げていることを紹介した。
渋谷氏は、半導体の生産に必要な消耗品である砥石の供給が、同社の事業継続活動においては最優先事項であるとし、それを守るために被災時の対応目標を明確に決めて活動していると説明。各部門では「いつまでに、どういう状態にするか」だけを定めており、目標実現の方法については「現場の人たちが対応できるようなものを自分たちで作っていく。それを運営するというのが最も効果的な方法」との考えを示した。
また、渋谷氏は、事業継続活動の継続的な運用のため、同社がISO22301マネジメントシステムの活用や、対外コミット組織による全社員の防災啓発、社長をチェアマンとした意思決定の最高機関「BCMコミッティ」に取り組んでいることを紹介。平常時から「災害対応が特別なことでない状態」を目指しており、リスクが発生した際に「オートマチックに動くようなかたち」を続けていくことで、意識も、動きも、現在の状態まで洗練されてきたと述べた。災害対応を「いかにして業務に落としていくのか」が、事業継続を推進する担当者の腕の見せ所であるとも指摘した。
- 日産自動車
- 全社体制でリスク管理を浸透
- 社長・災対本部全役員参加のロープレ毎年実施
- 日産自動車
- 危機管理&セキュリティー オフィス 室長
- 日産自動車
山梨慶太氏
続いて登壇した日産自動車の山梨慶太氏(危機管理&セキュリティーオフィス室長)は『事業継続に必要なリスク情報の収集と活用〜日産自動車のBCP/リスクマネジメント』と題し、数多くの製造拠点と大規模なサプライチェーンを抱える自動車製造業の立場から取り組む事業継続活動の内容を紹介した。
山梨氏は冒頭、同社の経営理念となる「イノベーションをドライブし続ける」、「革新的な車サービスを創造する」といった概念とリスクマネジメントとの関係に触れ、SDGsやカーボンニュートラルなどの環境規制の厳格化や気候変動が続く中で、会社の収益を含め、事業継続を実現するには、リスク管理を「マストでやっていかなければならない」と説明。同社の全社災害対策本部事務局の基本的な活動として、自社の設備・機能が被災した場合に影響を確認し、復旧していくことのほか、取引先、サプライヤー、販売店が被災した場合に出動する「復旧サポート隊」の動きや、停電した地域に電気自動車を派遣するなど人道支援活動にも取り組んでいることを説明した。
山梨氏は、同社のBCPのポイントの一つとして、2007年から毎年取り組んでいるロールプレイの訓練を紹介。社長以下、災害対策本部の全役員が参加するもので、リソースやデバイスが限られる中、「復旧サポート隊を出すか」、「どこの工場を優先的に立ち上げていくのか」といった判断を要する実践的な訓練を行っていることを説明した。
そのほか、分散して立地する各工場・事業所の災対メンバーが2カ月に1回集まって開催する事業所連絡会や、今年4月からスタートした「危機管理&セキュリティオフィス」により、全社的な対応が必要な課題の改善をトップレベルに提案する機能も備えていることを紹介した。
一方で、部品点数3万点を数える大規模なサプライチェーンに対するBCPでは、リスクが想定されるサプライヤーとともに代替スケジュールや生産復旧のスケジュールを考え、特にリスクが高いサプライヤーには重点管理として対応していると説明。一次サプライヤー約300社強には、自己診断が可能な「災害対応力チェックリスト」を作り、毎年のチェックを行うほか、特に気になるサプライヤーについては、現場の確認や、エンジニアを含めた改善のサポートにも取り組んでいることを紹介した。
- JX通信社
- 「人は意思決定に集中」を支援
- AIでハザード情報の低コスト収集を実現
- JX通信社
- マーケティングマネージャー
松本健太郎氏
前半最後に登壇したJX通信社の松本健太郎氏(社長室マーケティングマネージャー)は、『AI×ビッグデータでハザード情報収集』と題し、同社のプロダクトの一つである『ファストアラート』の特徴を解説した。
松本氏は同プロダクトについて、インターネット上の様々なリスク情報を収集し、AIを使って解析した後、ユーザーに情報を配信するサービスであり、自然災害、人為的災害、社会リスク、経済リスクなど、様々なハザードが引き起こすリスクに対して、網羅的かつ低コストにデータを入手できると説明。報道機関をはじめ、BCPがマストと言われている企業への導入が進んでいると紹介した。
『ファストアラート』の特徴としては、「幅広い情報をカバー」、「ハードウェアや人に依存しない」、「圧倒的な配信の速さ」の3点を挙げ、収集や解析にAI技術などを用いることで「低コストであり、かつ機械にできることは機械に任せる、そして人がやらなければならない意思決定に集中していただく」という考えに基づいた設計や、報道機関よりも1時間以上早く配信している実績などを強調した。
セミナー後半のパネルディスカッションでは、『目指す姿を実現するために』と題し、前半の登壇者3名と、中澤幸介リスク対策.com編集長をモデレーターに加えた4名で、それぞれの立場から事業継続活動の目指す姿を議論した。
- パネルディスカッション『目指す姿を実現するために』
- BCPの目標を明確に
- トップマネジメントで一体的推進を
- ディスコ
渋谷氏
ディスコの渋谷氏は、BCPにおいて力を入れている活動について「やはり社員一人一人の安全確保、それから災害を乗り切れるパフォーマンスを維持してもらうこと。社員あっての災害対応、企業活動」と答える一方、「事業継続活動そのものが本当に会社を強くする活動であること、お飾りでやっているものではないというところ」との注意も促した。また、BCP担当者としての意識を問われ、「根本的なモチベーションは、家族を守りたい。会社や仕事があってこそ家族を守れると思う。全社員がそこを死守できるようにしたい」との根底にある思いを語った。
日産自動車の山梨氏は、同社の事業継続活動の方針として、「オペレーションへの影響を最小化」するため「初動を、スピード感を持ってやっていくことが非常に大事」と指摘。また、原理原則はきちんと作るものの、「やっていく上で何が起こるかわからないというのが災害。トップマネジメントを含めて柔軟な対応を心がけている」と語った。BCP担当者としての意識については、「自然災害一つとっても、リスクの想定がまったく違う。311の時のような動きをすれば大丈夫というようなことを少なからず思っている人間もいる。皆でリスク想定を正しく共有化し、適切な動きをすること。リスクごとの想定をきちんと開示をして、一緒に考えていくことが非常に大事」と強調した。
- 日産自動車
山梨氏
JX通信社の松本氏は、報道機関としてのBCP戦略に関して、今秋から大阪オフィスを開設したことに触れ、「片方のオフィスがダメになったとしても、もう片方が生きる。稼働し続けることができる組織。なるべくレジリエントな組織を作っていこうという観点でBCPの構築を進めている」と説明。BCP担当者の意識としては、「計画を立て、実際に推進するのはクールな目線が必要だと思うが、実際に携わっている側からすると、ものすごくホットなハートと思いがなければ、BCPの構築は前に進まないと身に染みている」と実感を語った。
そのほか、サプライヤーとの協力関係の構築について、ディスコの渋谷氏は、「品物を納めていただいてはいるが、決して私たちが上に立っているわけではなく同列にある。それぞれの会社の考え、活動というところで進めていきたいと思っている」と説明。また、「足りないと思うところは、基本的に自分たちでなんとかする。自助を高める。あくまでも一緒にやっていくというスタンスだ」と語った。
- JX通信社
松本氏
一方、山梨氏は、「例えば、ネジ一本、ICチップ一つが無くてもクルマは作れない。一番遅れてしまうところを底上げしていくことが非常に大事。そのためには、サプライチェーンを我々が把握していないといけない。直接取引をしていないサプライヤーにも、開示をしていただくことがビジネスにつながることを分かっていただいた上で開示していただく。その辺りを苦労してやってきた」と語った。
最後に、今後のBCPの実行力を高めるための取り組みを問われた渋谷氏は、「やはり続けていくことだと思う。続けていくためには、従来の災害対応や事業継続計画の考え方に捉われず、現場が動きやすい、考えやすい仕掛け、新しい考え方を生み出し、提案していくことだ」と語った。
同様に山梨氏は、(1)超広域の災害に備え、災害対応の復旧サポートの人員・体制を強化すること、(2)複合災害への備えとして、どういうケースを備えたらいいのか、どんな体制にしたらいいのかをきちんと検討すること、(3)カーボンニュートラル、SDGsを含めて、環境対応、気候変動に対するリスクテイクをきちんとやっていく、という3点が大事であると述べた。
- リスク対策.com編集長
中澤幸介
松本氏は、「社内に蓄積されているハザードデータを役立てれば、人々の態度変容につなげる取り組みや、ハザードマップで追い切れなかった被害を可視化し、住民の避難や事業計画に組み込むことが可能になる。この社内にあるビッグデータをいかに従業員の安全や事業継続計画につなげていくかということも合わせて考えている」と述べた。
モデレーターの中澤編集長は、セミナー全体を振り返った上で、「やはり目指す姿をまずは明確にするということが非常に重要ではないか。BCPの中で決めて、何となく書いているが、それが本当に目指す姿なのか、というところを考え直し、BCPで実現したい目標を、再度、全社員で共有していく。トップマネジメントの元で共有し、一体となって推進していく。そういうことが重要ではないか」との考えを述べた。