長岡技術科学大学大学院 木村悟隆氏×リカバリープロ株式会社
初動のスピードが
カギを握る風水害復旧
元に戻すための技術と人材が不足している
災害復旧スペシャリストとともに困難を乗り越える
昨年10月12日に伊豆半島に上陸し関東を通過して三陸沖に抜け、記録的な大雨を広範囲に降らせた台風19号では利根川水系や荒川水系、信濃川水系、那珂川水系、阿武隈水系など各地で140カ所の堤防が決壊。最終的な死者は86人を数え、住宅約2万9000棟が浸水した。
前年7月にも、西日本を襲った豪雨が死者237人、浸水住宅約2万8000棟に及ぶ被害を出したが、頻発する記録的な風水害は市民生活だけでなく、経済活動にも深い爪痕を残す。被災者や被災企業は数多の困難のなか、再建に向けた“現実”と対峙していかなければならない。
災害復旧サービスを提供するリカバリープロ(神奈川県)は、災害復旧の問題点を指摘してきた長岡技術科学大学大学院の木村悟隆准教授をゲストに迎え、激甚化する風水害に企業や個人がどう立ち向かえばよいのかを話し合った。
<対談者>
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木村 悟隆氏
長岡技術科学大学大学院/生物機能工学専攻准教授
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番矢 理氏
リカバリープロ株式会社 代表取締役社長 -
完山 浩章氏
リカバリープロ株式会社 シニアリカバリースペシャリスト -
前田 理氏
リカバリープロ株式会社 シニアプロジェクトマネージャー
近年、風水害の甚大化と広域化が顕著に
――日本では記録的な風水害が続いています。地球温暖化の影響で今後台風のスピードが1割ほど遅くなり、降雨量が増える試算や大型化するとの予測もあります。近年の風水害の被災地ではどのような変化が起こっていますか。
木村 最近の水害には2つの変化があります。1つは深く浸水する。西日本豪雨が典型的でした。建物の2階の中程まで水に浸かるケースが増えています。
もう1つは、昨年の台風19号のように関東から東北まで非常に広いエリアが一様に被害にあう。被害の甚大化と広域化の影響で、復旧までに非常に時間がかかっています。市街地の大半が浸水した一昨年の岡山県真備町や2015年の茨城県常総市などみていると、浸水エリアの復旧に半年から1年以上かかることが珍しくありません。
番矢 当社は企業向けの災害復旧サービスを提供していますが、水害の甚大化と広域化は、実感しています。温暖化の影響で台風が大型化し、広い地域に大量の雨が降るようになって来たからと言われていますね。一昨年の西日本豪雨では、主に中国地方の工場、昨年の台風19号では新幹線の水没が大々的に報道された長野県長野市の豊野エリアをはじめ、東北地方などで50件を超える復旧を支援しました。木村先生は、西日本豪雨の際も、被災地の状況を細かく調査されていますが、現地の復旧において、お気づきになったことはどのようなことでしょうか?
木村 被災地での私の調査対象は主に一般住宅ですが、初動の遅延が住宅の被害拡大を招く例を多く見てきました。浸水したら、速やかに水損した畳・家具・電気製品を廃棄し、床下の水や泥を除去し、濡れた石膏ボードや断熱材を切り取った後、建物を最低1カ月は床下に送風機で風を送るなどしてじっくり乾燥させます。
しかし、その応急処置がスムーズに進みません。水害経験が無い住民が多く、どうしたらよいか分からないという声もよく聞きます。ボランティアの人材も不足、地域の工務店も減少してきています。建てた工務店が既に倒産していることも珍しくありません。また、建築方法や建設資材の多様化もあり、家を建てたはずの工務店でも的確な応急処置となると難しいのが現状です。プレハブ住宅も増えていますが、工場で一体的に組み立てられて修理を前提にしていない構造も多くて、一度浸水するとメーカーでも苦慮するのが実情です。対応が遅くなるほど、カビの増殖や、柱や筋交いといった建物の構造部材の腐食といった二次被害も拡大します。スピーディーな初動は簡単ではありません。
番矢 なるほど、いまおっしゃられたことは、企業や工場の復旧でも同じですね。素早い初動の重要性は変わりません。我々の場合、特に水害などの自然災害の場合は、被災地にいち早く到着し、連絡が入ったら数時間で現地に駆け付けられるよう全力を尽くしています。建物についてもすぐに洗浄し、強制乾燥をすることで、カビの発生などを防ぎ、健康被害を防ぐことが出来ます。あと、工場の場合は生産設備が同じく水没することが多いのですが、中国地方のある工場で伺ったのは、「一番困ったのは、すぐに支援が来ないこと」ということでした。設備メーカーに助けを求めても、どこも手一杯となっていて、支援は数カ月後になると言われたそうです。その点、業種を問わず多種多様の機械や設備の復旧が可能な我々の出番が来ます。
独自技術で一点物も迅速に復旧
――一般住宅ではカビや腐食を最小限に抑えるために迅速な初動が不可欠と木村先生から指摘がありました。産業用機械・設備では、初動の重要性はどこにありますか。
完山 やはり腐食対策です。水害復旧は腐食、主にサビの進行との戦いです。カギを握るのが初動処置といっても過言ではありません。そのため、いち早く実施するのが洗浄、そして乾燥です。高圧洗浄機を用いて泥などの汚れを水で一気に流します。
ただ、当社の洗浄はそれで終わりません。汚染状態を判別するため、金属表面に付着している不純物・pHを調べます。そして調査結果が酸性ならアルカリ洗浄剤、アルカリ性なら酸性洗浄剤で中和させます。その後、導電率の低いDIウォーター(純水に近い無機塩類の低含有率水)で洗い流します。水道水だけの洗浄は危険です。無機塩類・塩素が含まれているため、サビの原因となるからです。
我々はドイツ本社で開発した40種類以上にも及ぶ独自薬剤を使い分けています。サーバーのような電子基板が搭載された精密電子機器が水没しても、精密洗浄という高い技術を使って回復できます。
番矢 乾燥と言っても、我々が実施しているのは、扇風機や送風機を使った自然乾燥ではなく、対象物を密閉して強引に湿度を取って外に放出する、強制乾燥です。
機械の場合も個別にパッケージングして外気を遮断し、除湿乾燥機を稼働させ湿気を取り除きます。建物の構造や機械の材質に合わせ、強制乾燥の方法は異なりますし、当社のマニュアルはここだけで80ページにも及びます。
精密電子機器の場合には、電子基板にダメージを与えない真空乾燥法を用います。気圧を下げることで沸点を降下させ、より低温で水分が蒸発する性質を利用したもので繊細な部品を安全に、また確実に乾燥させます。
完山 サビの進行は条件によっては早くなり、到着時にすでにサビが生じているケースも多くあります。しかし、我々の持つ分解洗浄技術はサビ除去も含めて復旧を可能にします。西日本豪雨で起きた高潮で、2週間海水に浸り、サビがかなり進行した金属機械も問題なくリカバリーしました。独自薬品の使い分けだけでなく、細かく分解した部品を超音波洗浄などの特別な技術を用いて、サビを除去します。
木村 被災地は水害復旧のノウハウがないため、目に見える範囲を掃除しただけで大丈夫、と思って住み続け、後々被害が拡大するケースもあります。壁の裏の断熱材などの隠れた「濡れ」を知らないためです。わずかな床上浸水で安心していたら、後で床が凹むといった被害も発生しています。
番矢 まさに仰る通りです。我々のところにもたまにですが、被災から2カ月も経ってから、相談に来ることがあります。応急措置を自力でやったけれども、時間が経つと異臭がしてきて、中を開けたらカビが生えていたというようなことがありました。
完山 軽い浸水も油断はできません。企業でも、自分たちで復旧できると思って従業員の方が機械を洗い、送風機で乾燥するのを見かけます。しかし実際は空気を漫然と循環させているだけでは湿度は下がらず、一生懸命作業されても乾燥という結果に結びつかずサビが進行します。
機械の場合、我々なら分解して細かい部品までチェックし、汚れやサビを除去しますが、一般的にはそこまで目が届かないことが多く、機械を動かしてはじめてサビが発覚、当社に依頼され、結果的に再開までの時間が延びるケースがみられます。
木村 分解洗浄で水に浸かった機械を復旧できるのは心強いです。日本では、買い替えのできない古い一点物の機械を使っているところがあります。2004年に新潟で起きた7.13豪雨では繊維工場にあった100年近く前の織機が浸水しました。独特の風合いはその機械無しには出せないものですが、もはや買い替えは不可能でした。困っていたら、2000年東海豪雨の被災経験を持つ取引先企業がすぐ駆けつけて復旧作業を手伝ってくれて助かった、とその機械を見せてくれました。浸水した機械は出来るだけ早く処置すれば再び使用できること、それには経験に基づくノウハウが欠かせないこと、早期の復旧によって事業継続ができることを知りました。