九州から関東にかけての一連の豪雨被害「平成30年7月豪雨」が「特定非常災害」に指定されました(2018年7月14日閣議決定)。被災された個人・事業者にとって、どんな影響があるのでしょうか。内閣府等が作成したチラシがわかりやすいので、ぜひご一読いただければと思います。
特定非常災害とは、著しく異常かつ激甚な非常災害であって、当該非常災害の被害者の行政上の権利利益の保全等を図るために措置を講ずることが特に必要と認められるものが発生した場合に、政令指定される災害です。「特定非常災害特別措置法」という法律に定められています。被災すると、各種手続の本来の期限が過ぎてしまうことがありますが、そのような場合に権利を失ったり、不利益を受けたりしないようにする法律です。たとえば、運転免許等の期限が延長されたり、許認可手続きの期限が延長されたりと、膨大な手続に影響を及ぼします。
大災害の都度、期限などを定めた膨大な行政法規をひとつひとつ臨時で改正することはあまりに過重で、時間もかかりすぎます。内閣府が特定非常災害特別措置法を発動(政令指定の閣議決定が必要)することで、各省庁が対象となる手続を列挙すれば足りるようにしているのです。阪神・淡路大震災(1995年)を契機に作られた法律で、その後は新潟県中越地震(2004年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)に適用されました。今回で5度目の発動となります。
具体的にどんな手続に影響するのか(内容・適用地域・期限)
特定非常災害の指定と同時に、対象となる措置も政令指定されます。2018年7月14日の閣議決定により、大きく以下の5分野が指定されました。適用地域や期限が類型によって異なりますので注意してください。
(1)行政上の権利利益に係る満了日の延長(法第3条)
自動車運転の免許のような有効期限のついた許認可等の有効期限が、平成30(2018)年11月30日(金)まで延長されます。対象地域や期間は各省庁が別途定めていき、それらは「総務省」のページに集積されます。期限が来てしまう手続きを抱えている方は、まずは当該機関へ相談してください。
総務省「平成30年7月豪雨災害「特定非常災害」指定について」
(2)期限内に履行されなかった義務に係る免責(法第4条)
各種届出など2018年6月28日以後に履行期限がくる法令上の義務が履行されなかった場合であっても、平成30(2018)年9月28日(金)までに履行された場合には、行政上及び刑事上の責任を問われません。法令上の各種義務を履行すべき方については、まずは当該窓口へ相談して、対象になるかどうかをチェックしてください。
(3)債務超過を理由とする法人の破産手続開始の決定の特例(法第5条)
今回の豪雨の影響で債務超過となった法人については、平成32(2020)年6月26日(金)まで、債権者申立による債務超過を理由とした破産手続開始決定が制限されます(支払不能や法人清算中を除く)。被災した法人を保護することを目的としたものです。
(4)相続の承認又は放棄をすべき期間に関する民法の特例措置(法第6条)
今回の豪雨で「災害救助法」が適用された市町村(内閣府ウェブサイト参照)に住所を有していた相続人については、相続の承認又は放棄のための「熟慮期間」(本来は亡くなったことを知ってから3カ月以内)が、平成31(2019)年2月28日(木)まで伸長されます。詳しくは後述します。
(5) 民事調停法による調停の申立ての手数料の特例措置(法第7条)
今回の豪雨で「災害救助法」が適用された市町村(内閣府ウェブサイト参照)に住所・居所・営業所・事務所を有していた者が、今般の豪雨水害に起因する民事紛争について、裁判所に民事調停の申立てをする場合には手数料納付が免除になります。期間は平成30(2018)年6月28日(木)~平成33(2021)年5月31日(月)です。
なお、このほかにも、(6)建築基準法による応急仮設住宅の存続期間の特例措置(法第8条)と(7)景観法による応急仮設住宅の存続期間の特例措置(法第9条)もありますが、この記事を配信した7月16日時点では当該措置は政令指定されていません。
期限を過ぎると手遅れに:相続放棄の熟慮期間の延長とは
民法は、亡くなった方(被相続人)の死亡を、相続人が知ってから3カ月以内に、相続放棄をするかどうかを決定しなくてはならないとしています。これを「熟慮期間」といいます。財産を処分した場合や、何もしないで3カ月経過すれば、相続の承認をしたことになります。プラス財産もマイナス財産(借金)も相続することになるのです。もし、被相続人の借金が多額等の理由で相続を希望しないような場合、プラスもマイナスもすべて放棄することができます。これが相続放棄です。家庭裁判所に戸籍など必要書類を整えて申請する必要があります。3カ月は被災した方にとっては非常に短いものです。日々の生活に困難が多い中で、財産調査をして、債務状況を確認して、そのうえで相続放棄をするかどうかの判断をすることは非常に大変です。なお、熟慮期間は延長できますが、その延長も、期間内に家庭裁判所への申請が必要です。そこで、3カ月という民法上の期限を、特定非常災害特別措置法の発動と指定によって、平成31(2019)年2月28日へと延長しているのです。
なお、この条項は、東日本大震災以降に新しく追加されたものです。ですから、今までは熊本地震で適用例があるだけです。東日本大震災がおきた際、弁護士が被災者の膨大なニーズをもとに、相続放棄の熟慮期間延長の民法の特例法の立法提言をしたことがきっかけで、超党派の議員立法で特例法ができました。この法律が果たした役割は大きく、2011年は、司法統計上も例年以上の相続放棄等の申請がありました。その後、政府側も特例法の有用性を認め、その内容が2013年に特定非常災害特別措置法に加えられて、現在の恒久法になったのです。
弁護士・司法書士・税理士など専門家への相談やサポートをぜひ受けていただきたい分野です。
紛争解決促進:民事調停申立て手数料が無料に
被災地で予想される民事紛争としては、過去の大きな災害の例から考えると、賃貸人と賃借人との間での家屋修繕や退去をめぐる紛争、隣家どうしの土砂等の撤去や損害賠償を巡る紛争などが考えられます。平成26(2014)年8月豪雨による広島土砂災害の際には、がれきや土砂による損害賠償紛争や撤去を求める紛争が相談の中でも非常に大きな割合を占めました。
(参考)「広島土砂災害から1年 弁護士会が250件の災害無料法律相談の分析結果を発表」
これらを解決する際には、話し合いによることがふさわしい場合が多いと思われます。調停申立のハードルを少しでも下げることは、紛争解決促進効果があるものと期待されます。
加えて、住宅ローン等の支払いが困難になった場合等に、まずは利用できるかどうか検討すべき「自然災害債務整理ガイドライン」(被災ローン減免制度)にも関係します。「自然災害債務整理ガイドライン」は、最終的に金融機関と返済条件の合意をする際に、裁判所の特定調停という仕組みを使います。この費用は被災者(債務者)側の負担です。したがって、特定非常災害特別措置法による調停申立手数料の無料化措置は「自然災害債務整理ガイドライン」手続の利用者にとってもメリットがあるといえます。
(参考文献)
・内閣府「特定非常災害特別措置法」の解説ページ
・内閣府・総務省・法務省による平成30年7月豪雨の特定非常災害指定に関するチラシ
・総務省「平成30年7月豪雨災害「特定非常災害」指定について」【随時更新】(特定非常災害特別措置法の措置の「1」に該当する手続の一覧表)
・岡本正「災害復興法学」(慶應義塾大学出版会)、岡本正「災害復興法学2」(同)
「Yahoo!ニュース個人より転載(無断転載禁止)http://bylines.news.yahoo.co.jp/」
(了)
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