緊急事態下でのコミュニケーションの実態
BCI Emergency Communications Report 2016
合同会社 Office SRC/
代表
田代 邦幸
田代 邦幸
自動車メーカー、半導体製造装置メーカー勤務を経て、2005年より複数のコンサルティングファームにて、事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングに従事した後、独立して2020年に合同会社Office SRCを設立。引き続き同分野のコンサルティングに従事する傍ら、The Business Continuity Institute(BCI)日本支部事務局としての活動などを通して、BCMの普及啓発にも積極的に取り組んでいる。一般社団法人レジリエンス協会 組織レジリエンス研究会座長。BCI Approved Instructor。JQA 認定 ISO/IEC27001 審査員。著書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)
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BCMの専門家や実務者による非営利団体BCI(注1)は、緊急連絡システム(注 2)のプロバイダーの一つである米国のEverbridge 社(注3)と共同で、2016 年 12 月に「Emergency Communications Report 2016」という調査報告書を公開した。
BCI は 2014 年にも同様の調査を実施して調査報告書を公開しており(注 4)、今回報告する報告書はそれの 2016 年版である。調査は前回同様、BCI 会員を中心として Web サイトによるアンケートで行われ、71カ国の661組織から回答を得ている。
アンケート調査の結果によると、回答者の16%の組織では、緊急事態下におけるコミュニケーション計画がないと回答されている。図1は計画がないと回答した組織に対して、その理由を尋ねたものである。
また図2は、「あなたに緊急事態下でのコミュニケーション計画を作成させる可能性のあるものは何ですか?」(What would make you create an emergency communications plan?)という設問に対する回答である。6割以上の回答者が、ビジネスに影響を与える事象が発生したら、おそらく緊急事態下でのコミュニケーション計画を作るだろうと考えている。つまり、これまではそのような事象が起きなかったから、計画を作成する必要性を感じていないという事であろう。
このようなデータから、本報告書の著者(BCI の調査部門の Patrick Alcantara 氏)は、緊急事態を想定したコミュニケーション計画の重要性を認識させ、受身の姿勢を変えていくような努力が産業界において必要であることを指摘している。
また、本稿では詳細の記述を省略するが、回答者の半数以上(56%)が、緊急事態下でのコミュニケーション計画をBCMの担当者が担当していると回答しており、このようなコミュニケーションが事業継続に深く関連する業務であると認識されていることが分かる。
なお本報告書では、調査結果のデータやそれに対する考察に加えて、緊急事態下でのコミュニケーションに関する 2 つの事例が掲載されている。1つめは英国で「救急搬送トラスト」と呼ばれる、救急車による緊急搬送サービス組織の事例である(注 5)。
事例で紹介されているのは、英国に多数ある救急搬送トラストの中でも、4000 人以上の従業員を擁する大規模な組織で、緊急連絡システムを全面的に活用することによって、緊急事態対応を改善できただけでなく、コミュニケーションの効率化によってスタッフの対応時間が短縮され、年間で 7~8 万ポンドのコスト削減効果があったことが報告されている。
2つめはカナダの銀行における事例で、2013 年 12 月にトロントで発生した嵐による大規模停電の状況下での、地理的に分散した 1300 人以上の従業員とのコミュニケーションの例である。
この時は約 60 万件の停電が発生したと推定され、従業員の移動が徐々に困難になりつつある中で、全従業員に対してメッセージを送信し、現在の状況と、オフィスにたどり着けるかどうかについて報告を求めたところ、従業員の 80% がオフィスにたどり着いて通常通りの業務が可能であることが確認できたという。
その後も天候状況が改善されるまで、従業員との間で統一的なコミュニケーションを頻繁にとることができ、状況のモニタリングが出来たことが事業継続のための方針決定に寄与したことが報告されている。
本報告書の結論(Conclusion)では、本稿では記載を省略した多数のデータを総括して、事業継続の観点からのコミュニケーションの重要性や、緊急事態下でのコミュニケーションに関する教育訓練の必要性などが繰り返し強調されているが、それらに加えて、テロや暴力などのといったインシデントの増加を踏まえ、危機管理上のコミュニケーションが従業員の安全確保のために重要であるということが改めて指摘されている。
読者の皆様においては、既に安否確認システムや緊急連絡網などを準備され、運用されている組織が多いと思われるが、その運用のしかたや訓練・演習のしかたを検討する際に、本報告書が参考になるのではないかと思う。
■ 報告書本文の入手先(PDF 36 ページ/約 2.8 MB)
http://www.thebci.org/index.php/emergency-communications-report-2016
注 1)BCIとは The Business Continuity Institute の略で、BCMの普及啓発を推進している国際的な非営利団体。1994年に設立され、イギリスを本拠地として、世界100カ国以上に8000名以上の会員を擁する。http://www.thebci.org/
注 2) 英語では emergency notification system もしくは mass notification system などと呼ばれ、事故や災害などが発生したことを、多数の関係者にメールや SMS などで自動通報するシステムの総称。機能としては日本で普及している安否確認システムに近いが、安否確認よりも、緊急事態が発生したことを多数の従業員に知らせたり、緊急対応チームを招集したりすることを主目的として開発されている。
注 3) http://www.everbridge.com/
注 4) 本報告書の 2014 年版については、紙媒体の『リスク対策.com』vol. 48(2015 年 3 月発行)の連載記事「レジリエンスに関する世界の調査研究」第 7 回で紹介させていただいた。
注 5) 英国では救急車による患者の緊急搬送は、救急搬送トラスト(ambulance service trust)という組織で行われている。国民保健サービス(National Health Service)の一部として、地域ごとに独立した多くの救急搬送トラストが運営されている。
(了)
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