セキュリティ文化の醸成と意識の高度化 ~2020年に向けて私たちにできること~
『口』は出すが『費用』も出す、米国の航空セキュリティ
日系航空会社に重くのしかかるセキュリティコスト
Toki's SECURITY Lab./
平川 登紀
平川 登紀
旧姓・宇田川。映画『羊たちの沈黙』のFBI訓練生クラリスに憧れ渡米。ワシントン州立大学大学院で犯罪法学(Criminal Justice)の修士号を取得。帰国後、航空セキュリティ関連の財団法人で、空港保安検査員の研修や保安検査状況の監査を担当し、航空セキュリティに興味を持つ。2007年、東京大学大学院博士課程へ進学し、本格的に航空セキュリティマネジメントの研究をスタート(2011年単位取得満期退学)。2021年に佐賀県唐津市へ移住。現在、フィジカルセキュリティストラテジストおよび航空セキュリティ研究者として活動中。
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先月の第2回連載の最後に、日本の航空保安体制において保安検査の責任主体は国土交通省航空局(国)ではなく、航空会社(民)である、とお伝えしました。今回は、責任主体である航空会社が負担するセキュリティコストについて、日本とアメリカそれぞれの状況を説明します。
旅客にとって、航空機の安全確保の責任主体が国でも民間企業でも、大きな問題ではありません。故障がなく、ハイジャックやテロに遭うことがなく、航空機で世界中を自由に飛び回る、これは機体と機内の安全が確保されているからできることです。しかし、この安全を担保するために必要な費用と労力は容易なものではありません。日本では、民間企業である航空会社が安全担保の責任を負っています。
重くのしかかるセキュリティコスト
航空局は保安検査に関する指示を出しますが、その検査体制を維持・達成するための費用を全額負担しているわけではありません。航空会社は航空保安の責任機関としての役割を求められ、その費用を負担しています。航空機の安全運航にかかるセキュリティコストは、航空局の指示で保安検査が強化されるほど、航空会社に重くのしかかることになります。
セキュリティにかかる費用は莫大です。たとえば、2006年にICAO(国際民間航空機関)は、機内持ち込み手荷物と同様にスーツケースなどの預ける荷物(受託手荷物)に関しても「全数検査」、すなわち航空機に搭載する旅客の荷物はすべてチェックすることをICAO締約国へ要請しました。日本ではすでに100%の受託手荷物検査が行われていましたが、ナイフやけん銃といった金属物を発見することを目的に設置されていたX線検査機器では金属部分の少ない爆発物を発見することはできません。
そこで、航空局は、医療用CTスキャンの技術を応用した新しい爆発物検知機器を導入することにしました。従来のX線だけの検査と比較すると検査レベルは格段に上がりますが、1台当たりのコストが高く、訓練されたオペレーターも必要になるため、初期の設備費用だけでも相当な金額となりました。機器導入費用は、国の管理空港では国と航空会社が、成田・関西・中部の空港株式会社管理の空港では各株式会社と航空会社が負担しました。航空会社はどちらの場合でも費用を負担することになりました。
近年「円滑かつ厳格な保安検査の実現」のため、国土交通省は持ち込み禁止品を身に着けていないかを非接触で確認できるボディスキャナの導入を大空港に推進しています。2009年にアメリカで起きたデルタ航空機爆破テロ未遂事件の後、テロ対策に有効との判断から、欧米空港ではボディスキャナの設置が進んでいます。日本では、2010年に導入推進の波が一度やってきましたが、身体のラインが見えすぎるというプライバシーの課題と1台当たりの高額さから、設置には至りませんでした。
その後、プライバシーの件がクリアとなり、2015年には羽田・成田・関空で実証実験が行われ、ことし羽田と成田で導入されました。国土交通省は、2020年までに国際線を持つ全国の空港へ設置する方針を固めました。海外への定期直行便を持つ国際線発着空港は、30近くあります。これらすべてへ設置するとなると、かかる莫大な費用をどこが負担するのか、この課題は残っています。
『口』は出すが『費用』も出す、米国の航空セキュリティ
セキュリティ対策の改善や追加、また資機材を新たに導入する場合、アメリカでは連邦機関であるTSA(Transportation Security Administration 運輸保安局)が全権限を持って、航空会社や各空港へ指示を出します。航空機や空港をターゲットにしたテロやハイジャックには、連邦政府が対応します。セキュリティにかかる費用も政府が負担しています。
これは、航空輸送の安全確保の責任主体は連邦政府であるということを意味しています。『口』も出しますが、『費用』も出します。現場は指示に従い、現場のクレームは受け付けません。私たちが想像する以上にアメリカは9.11の影響を受け続けており、テロリストたちに二度と同じことはさせないように、航空保安体制を徹底する努力を続けています。
日本では、航空会社に保安費用を負担させる構図が見直される気配はありません。航空会社は航空機を飛ばすことが使命ですが、保安検査費用や燃油代といった航空機を飛ばすまでの費用がかかりすぎており、その費用負担は増加傾向にあります。
航空機を飛ばすために必要な保安検査の費用が賄えなくなり、航空機を飛ばすという航空会社本来の目的が達成できないという本末転倒なことも、実際に起こるかもしれません。航空保安という名目で対テロや対ハイジャックへの責任も負う航空会社の負担は、セキュリティ機材導入時の高額費用だけにとどまりません。航空機の安全運航を担保するために必須である保安検査も航空会社の責任のもとで実施されています。
何度もお伝えしているように、日本の航空保安の一義的な責任は国ではなく航空会社にあります。日本では、空港でのボディチェックや荷物検査は航空会社と契約した警備会社が請け負って実施しています。警備会社から派遣された警備員すなわち保安検査員が行っている搭乗旅客や荷物を確認する作業は、テロ対策・ハイジャック対策として国際法および国内法によって実施することが定められています。
つまり、保安検査員は航空機の安全運航のために法律に則った重要な任務を担っているのです。一方、保安検査業務は警備業法に基づく警備職種のひとつであるため、一般人と同じ権限しかない、つまり何の権限も持たない民間会社の警備員によって実施されているのです。
次回は、航空保安の責任主体である航空会社と契約し、現場で保安検査を実施する警備会社および保安検査員の現状についてお話しします。ご意見・ご感想をお待ちしております。
(了)
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